創世記 11章

「それゆえ、その町の名はバベルと呼ばれた。主が全地のことばをそこで混乱させたから、すなわち、主が人々をそこから地の全面に散らしたからである。」(9節)

人が一致して行おうとしたことは、天に届く搭を建てるということでした。それは、いわゆるオカルト的な意味合いがあったと言われています。問題は、今も似たようなことが起こっているということです。人は創造主なる神を求めることよりも、自分たちが神になろうとします。そして、その結果は、バベル、混乱です。神を無視して自分が神のように世界を動かそうとする時、そこには、混乱(バベル)が待っています。彼らがすべきだったことは、はっきりとしています。創造主である神に、聴くということです。静まって、聖書を開き、神のみことばに耳を傾けることをなおざりにするならば、同じような混乱(バベル)は避けられません。

 

創世記 10章

「これはノアの息子、セム、ハム、ヤペテの歴史である。大洪水の後に、彼らに子どもが生まれた。」(1節)

旧約聖書の特徴の一つであり、私たちが読みにくく感じることの一つは、系図だと思います。まず、アダムからアブラハムに至るまでの系図が記録されていきます。次に、アブラハムから、ダビデに至るまでの系図が記録されていきます。そして、最終的に、ダビデからイエス・キリストの誕生までに至る系図が絞られていきます。だからマタイの福音書は「アブラハムの子孫、ダビデの子孫、イエス・キリストの系図。」と始まります。つまり聖書は、当時の人が気づいていたかどうかは分かりませんが、最初の人、アダムからイエス・キリストに至るまでの系図をしっかりと記録してきたのです。歴史は、Historyと英語で言いますが、まさに、His Story、神の話です。歴史を支配されているのは神です。

創世記 9章

「わたしは雲の中に、わたしの虹を立てる。それはわたしと地との間の契約のしるしとなる。」(13節)

聖書は大洪水でこの世界が滅びる事は二度とないと言います。

「当時の世界は、その水により、洪水におおわれて滅びました。しかし、今の天と地は、同じみことばによって、火に焼かれるためにとっておかれ、不敬虔な者どものさばきと滅びとの日まで、保たれているのです。」(Ⅱペテロ3:6,7)

この世界は、洪水ではなく、火によって焼かれると聖書は言います。大規模な山火事を見ると、その脅威を感じずにはいられません。しかし、「この世界はどうせ滅びる」という姿勢で生きるべきではありません。神が洪水の後、二度と洪水で人が滅びることがない約束のしるしとして虹を与えられた意味を考える必要があります。虹は嵐の後に見ることができます。人生の嵐をくぐり抜けた時に、主のみ約束が変わることがないしるしの虹を見ます。

創世記 8章

「神は、ノアと、箱舟の中に彼といっしょにいたすべての獣や、すべての家畜とを心に留めておられた。」(1節)

嵐の中にいたノアたちは、どんな思いだったのでしょうか。彼らは、木の葉のように揺れる真暗闇の箱舟の中にずっと閉じ込められていたのです。しかし、神様はそんなノアたちを心に留めておられたと聖書は言います。ノアが、そのことを感じることができたとは思えませんが、神の約束を信頼し続けたことは事実です。ヘンリー・ナーウェンはこう言っています。

「楽天主義と希望は、根本的に違った姿勢です。楽天主義は、天気や人間関係、政治経済などの物事がよくなることを期待します。希望とは、私たちに約束されたことを神が必ず成就してくださるということ、そしてそうすることによって、私たちを真の自由に導いてくださると信頼していることです。」

ノアは、楽天主義者ではなかったかもしれませんが、希望の人でした。

創世記 7章

「はいったものは、すべての肉なるものの雄と雌であって、神がノアに命じられたとおりであった。それから、主は、彼のうしろの戸を閉ざされた。」(16節)

聖書は、ノアの洪水の時と同じように、この世界の終わりが来ることを預言しています。

「主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。」(Ⅱペテロ3:9,10)

神がノアのうしろの戸を閉ざす時が来たように、この世の終わりの日も必ず来ます。聖書は言います。

「彼が開くとだれも閉じる者がなく、彼が閉じるとだれも開く者がない」(黙3:7)

神が閉ざされたら、もう、誰も開くことはできません。主が戸を閉ざされるその日まで、福音を伝え続けていきましょう!

創世記 6章

「ノアは、正しい人であって、その時代にあっても、全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。」(9節)

ある時イエス様は、今日のこのノアの洪水の話を引用してこう言いました。

「人の子が来るのは、ちょうど、ノアの日のようだからです。洪水前の日々は、ノアが箱舟にはいるその日まで、人々は、飲んだり、食べたり、めとったり、とついだりしていました。そして、洪水が来てすべての物をさらってしまうまで、彼らはわからなかったのです。人の子が来るのも、そのとおりです。」(マタイ24:37-39)

地球温暖化現象が叫ばれていますが、この世界が滅びる日がくることは聖書が預言していることです。イエス様もはっきり言われました。

「この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。」(マタイ24:35)

今日は主の日です。ノアのように、この世に流されずに神と共に歩むのならば、その日が分からなかったということはありません。

※ 本日のSSCは、プレイズ・ステーションの中山有太師がゲスト。

18時からはユース賛美集会がもたれます!ご参加ください。

創世記 5章

「エノクは神とともに歩んだ。神が彼を取られたので、彼はいなくなった。」(24節)

エノクに関する記述は、この数行しか旧約聖書にはないのに、新約聖書には、こう記されています。

「信仰によって、エノクは死を見ることのないように移されました。神に移されて、見えなくなりました。移される前に、彼は神に喜ばれていることが、あかしされていました。信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。」(ヘブル11:5,6)

つまり、神とともに歩むということは、神に喜ばれる者になるということでもあります。それは、まず、私たちを愛し、私たちを気にかけてくださる神の存在を認識することです。

そして、私たちが祈り求めるなら、必ず答えてくださると、信じることです。

※ 本日、13時半より、中山有太師による賛美セミナーが開催されます。

創世記 4章

「アベルは彼の羊の初子の中から、それも最良のものを、それも自分自身で、持って来た。主は、アベルとそのささげ物とに目を留められた。」(4節)

神が本当に見ておられるのは、私たちの心だということがこの記述から読み取ることができます。アベルの姿勢には敬服します。彼は、まず、初物を神に捧げました。それも、最良のものを捧げました。それだけではなく、その捧げ物を自分自身で持ってきたといいます。アベルの姿勢に、彼の神に対する思いが明確に表れています。アベルにとって神は、それほど価値のあるお方でした。教会の献金というのは単なる会費ではありません。神が求めているのは、アベルのような姿勢です。ですから、神は言われます。「十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ。――万軍の主は仰せられる。――わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。」(マラキ3:10)

創世記 3章

「そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。それで女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。」(6節)

人類の悲劇は、神のことばよりも自分が感じたことに従ったということです。蛇はサタンを象徴していますが、神が食べてはいけないと言った「善悪の知識の木」から食べるように誘惑しました。しかし、問題は蛇ではなく、人間です。エバは、自分の目に好ましいことを選択しました。神のことばではなく、自分の感情に従ったのです。今も、人類は失敗から学ぶことなく、同じことを繰り返しています。神のことば(聖書)よりも、自分の目に好ましいことを選択しようとします。そして、罪責感から周りの人も一緒に巻き込もうとします。神のみことばに耳を傾けましょう。

創世記 2章

「それゆえ、男はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである。」(24節)

今、世界中で「結婚」が危機的な状況にあります。聖書が定義する結婚とは、男女がするものです。そのように発言することでさえ、問題視される社会の風潮に戸惑いを覚えます。マリッジ・コースのニッキー・リー先生は、「流れを変えよう」と訴えます。結婚は、人間が作り出した制度ではなく、神が制定されたものです。私たちは結婚を貴ばなければなりません。一体となるという意味は、何も努力する必要はないという意味ではありません。何も言わなくても相手は分かってくれるという意味ではありません。すべての関係に共通するように、育む必要があります。互いに、献身する必要があります。互いに、支え合う必要があります。神様が制定された結婚を私たちは大事にする必要があります。