滞在は七時間

オープンチャーチでのご協力、本当にありがとうございました。良い天候に恵まれ、沢山の方々が来てくださり本当に楽しく素晴らしい時間となったことを感謝します!
オープンチャーチの二日前、わたしはリラのコンサートのため名古屋一麦教会に行ってきました。礼拝やオープンチャーチのことを考えると、日帰りを選択せざるを得なかったのですが、短いながらも中身の濃い名古屋での七時間を過ごすことができたと思います。皆さんお祈りを心から感謝します。今年もいよいよ終わりに近づいてきましたが、皆さんのこの一年はいかがだったでしょうか?今月末には感謝礼拝も予定していますので、そろそろ振り返りの時間を持つのも良いかもしれません。私たちの気付いたこと、だけでなく気付かないときにも神様は支え、助け、恵みの内に私たちを歩ませてくださったのだと思います。せめて気付いたことだけでも覚えて感謝をささげる時を持てたら、、、穏やかな青空を見上げながら、そんなことを考えている、晩秋の午後です。
(小山晶子牧師人)

いよいよ明日

オープンチャーチが明日に迫り、きょうは第三礼拝をお休みにして明日の準備を行うことになっています。地域に開かれた教会として一人でも多くの方に教会に足を踏み入れていただきたいと願い、祈りつつ準備をしてきました。バザーから数えるともう23回目になるのではなるのではと思うのですが、これまで毎年私自身一度も休むことなく参加してこれたことを心から感謝しています。皆さんのご協力とご参加をどうぞよろしくお願いします。神の国の一員として、良き香りを放つことができますように、心を込めて人と接することができますように、初めての人もたくさん来ますように、奉仕している一人一人が喜びをもって行うことができますように、良い天候になりますように、教会につながる人が起こされますように。祈りは尽きませんが、まずは私たちが喜んで、楽しんでいなければ来た人に笑顔を向けることができませんから、一緒にみんなで楽しみましょう!保土ヶ谷純福音教会の牧師・御堂先生がなんとマジックを披露してくださいます!      (小山晶子牧師人)

デンタルショック(2)

身体がどんどん冷たくなっていく感覚は、熱中症になった時ととてもよく似ていました。幸い数分で症状が落ち着いてきて少しづつ話ができるようになった時、先生がこう言い始めたのです。『今日は治療やめておこっか。』いやいやいやいや。ぜひやってください。だってチョコを食べるとしみるんです。結構痛いんです。こんな思いでいっぱいだったので「大丈夫です。治療してください。!」「いやーでもねえ、心配だから」「いやいや、大丈夫です。こういうの初めてじゃないです。もう大丈夫です。」数回こういった押し問答をした末、治療してもらえることになりました。これ、デンタルショックっと言うらしい。【患者が恐怖心を抱いたり不安な状態で精神的に緊張していると起こしやすい】そうです。大切なのは医師との信頼関係だそうです。これほどまではないにしても教会に初めてくる人ってきっと緊張と不安を抱えているでしょうから、安心していていただけるようにどんな配慮ができるかな?と考えさせられる出来事ともなりました。
(小山晶子牧師人)

※ 本日、TVKテレビ朝8時半からの「ライフライン」に、小山晶子牧師婦人のインタビューが放映されます。

 

デンタルショック(1)

先週初め、とうとう意を決して歯医者に行ってきました。しばらく前から冷たいものが歯にしみるなあと感じてはいたのですが、二週間ほど前から私にとって数少ない安全なお菓子であるチョコレートが歯にしみるようになったのです。調べると「チョコレートが歯にしみたらほぼ間違いなく虫歯です。」ということが書いてあり、もう駄目だ、、、虫歯のために歯医者に行くのは実に40年ぶりで、しかも検査の結果神経を抜かなければならないとのこと。かなり緊張しつつ、処置のための椅子に座り、麻酔の注射をしてから一分ほどたったころ。おや?意識がもうろうとしてきたのです。気持ちが悪くなり、冷や汗が出てきました。手がしびれ、急激に血圧が低下していることが自分でもわかったので「すみません、気分が悪いんですけど、、。」呼吸が荒くなっているうえにちょうど麻酔も効いてきてうまくしゃべれませんでしたが、すぐに歯科助手の女性が状況を察してくださり処置椅子をフラットにして冷や汗を何度もぬぐいながら声をかけ続けてくださいました。⇨次週へ続く(小山晶子牧師人)

エレミヤ書 31:15-32:25

「あなたが彼らの先祖に与えると誓われたこの国、乳と蜜の流れる国を彼らに授けられました。彼らは、そこに行って、これを所有しましたが、あなたの声に聞き従わず、あなたの律法に歩まず、あなたが彼らにせよと命じた事を何一つ行なわなかったので、あなたは彼らを、このようなあらゆるわざわいに会わせなさいました。」(32:22‐23)

律法は神との契約関係にあるということです。神は契約通りイスラエルの人々のために素晴らしい場所を与えられました。しかしイスラエルの民は契約を無視し、契約に明記された通りのわざわいを受けました。イエス・キリストにあって私たちは今新しい契約の中に生きています。それは、律法がなくなったということではなく、律法を完成してくださったイエス・キリストの中に生きるということです。

「なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の律法が、罪と死の律法からあなたを解放したからです。」(ロマ8:2新改訳二〇一七)

はやく過ぎ去って

これを書いているのは土曜日。ちょうど正午にさしかかったところです。横浜にはまだ何も被害が出ていませんが、確実に近づきつつある台風の映像を見ながら恐怖を感じつつ過ごしているところです。これからどうなるんだろう?できる対策は取ったものの、それこそできることはわずかで正直身構えてしまいます。ところがうちの猫たちと言ったら、朝からのんきにぐーすかねています。それはもう気持ちよさそうに。リラの『猫も見てた』という曲を思い出してしまいました。

『猫も見てた』
猫は静かに見ていた
不安げな私の顔
だけど近寄りもしなくて
気持ちよさそうに寝そべってた
『いつまで疑ってるの
ご覧この空を
このすべてをつくられた主に
ぼくはすべてをゆだねてるんだぜ』
あきれた目で私を見てたのかな
5月の風に吹かれて
猫は目を細めてた
あきれた目でうちの二匹の猫も私を見ていました。

(小山晶子牧師人)

ぜったいテカってる、、、

一昨日ライフラインというキリスト教テレビ番組のインタビュー収録がありました。リラが数か月前に福島でライフラインの主催するコンサートを行ったのですが、その模様が今月放送されることとなり、曲の合間に私のインタビューが流れるという恐ろしい企画です。事前に質問が用意されていたわけではなく、突然振られるものばかりだったので正直何をどう答えたのかほとんど覚えていません。どうしましょう、、、。夫には「編集されるから心配しなくても大丈夫だよ」と慰められましたが、今一番の心配は「顔のテカリ」です。いつもより念入りにメイクしたものの、暑かったので収録するころには汗をかき、しかも蛍光灯ではなくLED照明を3つもつけて撮影したのでテカリMaxのような気がしてなりません。さすがに顔は編集のしようもないでしょうし、これが全国で流されるときっと母からもつっこみメールが来そうな予感がします。「恥は我がもの、栄光は主のもの」という言葉を胸に、おとなしく放送日を待ちたいと思います。
(小山晶子牧師人)

エレミヤ書 4:10-5:31

「あなたがたの咎が、これを追い払い、あなたがたの罪が、この良い物を拒んだのだ。」(5:25)
 神は私たちに良いものを与えたいと願っておられますが、罪がそれを妨げると言います。罪は「的外れ」という意味がありますが、神を無視して生きている人生は、まさに「的外れ」ということになります。人が本来造られた目的ではなく、暗闇の力に振り回されている状態は、まさに「的外れ」と言えます。自分の問題を棚上げして、「神が自分の願いをかなえてくれない」と言うのは、まさに「的外れ」と言えます。私たちは神に文句を言う前に、自分自身を調べることも大切です。詩人もこう言っています。
「ああ神よ。私の心を探り、内面を調べ上げてください。あなたを悲しませるようなものがあるなら、教えてください。私が永遠のいのちへの道からそれないようにお導きください。」(詩篇139:23,24LB)

エレミヤ書 2:31-4:9

「おとめが自分の飾り物を忘れ、花嫁が自分の飾り帯を忘れるだろうか。それなのに、わたしの民がわたしを忘れた日数は数えきれない。」(2:32)

私たちは自分が何に時間とお金をかけているかということを、見直す時が必要だと思います。なぜならそのことが、私たちの現在の優先していることを知る鍵となるからです。神は私たちに世捨て人のような生活をするように強制しているわけではありません。詩篇の中にも、

「今日こそ主がつくられた日です。さあ、この日をぞんぶんに楽しみましょう。」(詩篇118:24LB)

とあります。しかし、聖書は言います。

「わたしの民は、最も貴重な宝であるわたしを、長い間忘れたままでいる。」(LB)

神がどれほど貴いお方であるかを忘れてしまい、神を意識せず、感謝をささげることもなく生きることは「神を忘れた日」としてカウントされていることを心に留めたいと思います。

ゼパニヤ書1:1-3:20

「その日、エルサレムはこう言われる。シオンよ。恐れるな。気力を失うな。あなたの神、主は、あなたのただ中におられる。救いの勇士だ。主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、その愛によって安らぎを与える。主は高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる。」(3:16,17)

ゼパニヤの預言は、この世の終わりに関する内容で閉じられています。この預言も、この世の終わりに成就します。しかし、その前味を私たちは今、キリストがこの地に来て下さったことによって味わっています。キリストは言いました。「ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」(マタイ一八・二〇)キリストこそ「救いの勇士」。礼拝をささげるそのただ中に、「救いの勇士」はおられます。キリストは墓を打ち破り、よみがえり、今も生きておられる「救いの勇士」です。このお方は、私たちの賛美を喜ばれ、楽しまれます。今日は、主の日。共に、賛美と礼拝を捧げましょう。