アルファふたたび

きょうはとても嬉しいことがありました。アルファ・コースの参加申し込みがあったのです!できれば年に2回コースを開催したいのですが、なかなか思うようにいかず、しかも前回のアルファはいまだ最後の回が諸事情により開催できず、という状況です。しかし幼いころキリスト教の幼稚園に通っていた、という方がぜひ学んでみたい!ということで8月から始めることになりました。日曜日の12時45分から行います。14時には必ず終わりますので、もし関心のある方がいれば紹介していただければと思いますし、食事の奉仕やヘルプに入れる方は調整を担当する新實伝道師にお伝えいただければと思います。
わたしたちは小さな群れですが、常に外に向かってイエス様を伝える教会でありたいと思いますし、地の塩、世の光としての役割を果たす教会でありたいと思います。アルファのためにぜひお祈りください。そして参加するクリスチャンでない方が、コースを通してイエス様に出会えるようお祈りいただければと思います。主に委ねつつ。  (小山晶子牧師夫人)

保証期間

洗濯機が壊れてしまいました。しばらく前から調子はおかしかったのですが、リセットすれば一応動いていたのでだましだまし使って数か月。とうとう動かなくなってしまい販売店へ連絡することになりました。梅雨が終わり汗をかく機会が増え、洗濯物はたまる一方。でも修理は一番早くても4日後とのことでコインランドリーのお世話になることになりました。洗濯と乾燥で一回千円。千円札をわざわざコインに両替しないといけないという手間。絶対お札を使えるようにした方がいいのに、どうしてコインしか使えないんだろう、、、あ、コインランドリーだからか、などと意味のない質疑応答を頭の中で繰り返していました。5年保証にしておいたのに気がつけば5年2か月。おかしいと思った時点で早めに手を打っておけば修理が無料だったのにランドリー代を含めかなり痛い出費になってしまいました。信仰生活も、あれ?と思った時は早めに手を打った方がいいかもしれません。聖書を開き、読み、黙想し、祈る。私たちの修正の仕方はとてもシンプルですから。(小山晶子牧師夫人)

そうだとおもったよ

予感はありました。先週の天気予報をニュースで見た時に、向こう一週間の天気に雨マークが一つもありませんでしたから。とはいうものの、例年よりかなり早めの梅雨明けに、紫陽花の花がなんだか気の毒になります。しかも先週の時点ですでにセミが鳴いていましたから、我が耳を疑いました。酷暑の夏になりそうな嫌な予感がしますが、私自身は梅雨の時期があまり好きではないのでちょっと喜んでいます。皆さんに毎年しつこく言って申し訳ないのですが、脱水症状には十分お気を付けください。水分と塩分の補給をお願いします。めまいや手のしびれなど感じた時はかなり進んでいると思うので吸収のいいスポーツドリンクを常備しておくのもいいかもしれません。それと同時に、信仰の脱水症状に陥らないようにも気を付けていただきたいと思います。症状としては否定的な考え、不安、恐れ、不機嫌な態度など。心当たりがあるなら、しっかりと信仰生活の栄養である御言葉を蓄えましょう。表に出てきているときは、症状がかなり進んでいる時だと思います。(小山晶子牧師夫人)

こころをさわがせず

先週水曜日、ショッキングな連絡が入りました。御殿場純福音キリスト教会の牧師婦人・中見はるみ先生が天に召された、という知らせです。笑顔でご挨拶くださっている姿が思い出され、いまだに実感がありません。中見透先生をはじめご家族、教会の皆様の悲しみを思うと言葉もありませんし、TPKFイーストの中で数少ない牧師婦人の一人でもありましたのでこれからのことを考えると不安が押し寄せてきます。
イエス様はご自分の『死』が目の前に来たことを悟った時、弟子たちに言われました。

「あなた方は心を騒がしてはなりません。神を信じ、また私を信じなさい。」

「あなた方は互いに愛し合いなさい。」

ご自分が十字架への道を歩むときがすぐそばまで来ていたこの時、イエス様だって平気であったはずがありません。しかしイエス様の言葉と行動は愛に満ちたものでした。わたしの心は動揺し、悲しみ、ふさいでいますがイエス様の置かれていた状況を覚えつつ、御言葉をかみしめたいと思います。(小山晶子牧師夫人)

使徒 13:13-41

「ダビデは、その生きていた時代において神のみこころに仕えて後、死んで先祖の仲間に加えられ、ついに朽ち果てました。」(13:36)

リック・ウォーレン先生は、この箇所を通して人生の方向性が永遠に変えられたと言います。このみことばを読んだ時、どうして神がダビデを『わたしの心にかなった者』と呼ばれたのかを悟ったと言います。ダビデがそう呼ばれたのは、彼が神の目的に全生涯を捧げたからだと。また、これほど素晴らしい墓碑銘はないと言います。「〇〇は、この時代にあって神の目的に仕えた。」過去の人も、未来の人も、今の時代に生きることはできません。この時代にあって神の目的に仕えることができるのは、この時代に生きている私たちだけです。神は私たちをこの時代のために造られました。この時代にあって、神の目的に生きることができますように。

イエス様のひつじ

いまデボーションでヨハネの福音書を読んでいます。10章のイエス様の

「羊は彼(イエス様)の声を知っているので彼についていきます。」

という言葉をここ数日ずっと黙想しています。「声」の重要性をとても感じているからです。きっかけはうちの猫たち。ちゅーるという猫用のおやつをあげる時わたしはちゅーるのコマーシャルの歌を歌っています。歌い始めの言葉だけで猫たちはものすごい勢いで私の周りに集合するのです。けれども最近、私が歌わないと同じ歌を歌っても猫たちが反応しないということに気付きました。息子たちや夫、実際のコマーシャルの音などで試してみたのですが、それらには全く無反応なのです。私の声だから、集まってくるのです。その猫たちの様子を見ながら、この聖書の箇所がさらに私にとって意味深いものとなりました。イエス様の声を知っている、とは他の声と迷いがまったくないということだと思ったのです。だから惑わされることもありません。そうなりたいなあと思います。何度も何度もイエス様の声を聴き続けましょう。(小山晶子牧師夫人)

使徒 7:44-8:3

「こう言った。「見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます。」」(7:56)

ステパノは

「聖霊に満たされていた」(7:55)

と聖書は言います。しかも、

「神の栄光と、神の右に立っておられるイエスとを見て」

とあるように、神秘的な体験までしています。ところが人々はステパノのことばに耳を傾け、悔い改めるどころか、耳をおおい、石を投げつけ殺してしまいます。しかし、ステパノは、そんな彼らを呪うどころか、

「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」

ととりなし、天に召されていきました。このステパノの姿に聖霊に満たされた人の姿を私たちは見ます。私たちは神がなされることのすべてを理解することはできません。しかし、この出来事が歴史上、非常に重要な転換点となったことは確かです。聖霊に満たされた人は、この地にキリストの愛を現わします。キリストの愛は憎しみの連鎖を打ち砕くことをステパノは証しました。

動悸ふたたび

通院が始まってちょうど1年。
ずいぶん症状が良くなってきたということで今まで飲んでいた薬の量が半分になりました。けれども貧血の体質が良くなっていない、ということでサワイという薬が追加となったのですが、どうもその薬が合わないらしくとにかく体のあちこちが痒い。そのうえ動悸がするようになってきてしまいました。明日から飲むのをやめようと思っているのですが、一年前は寝ても覚めてもこういう状態だったので、ああ、あのころに比べてほとんど動悸がしない生活をしてこれていたんだなあと感謝の気持ちでいっぱいになりました。のど元過ぎれば、というかよくなってしまうとそんなことなかったのように生活をしてしまいますが、神様がどこから自分を助け出してくださったかを思い起こすときに幸せな気持ちになります。痛みや苦しみがなければ振り返って感謝する機会はもしかすると減ってしまうのかもしれません。
『わが魂よ。主をほめたたえよ。主のよくしてくださったことを何一つ忘れるな。』 (小山晶子牧師夫人)

使徒 2:22-47

「そして、一同の心に恐れが生じ、使徒たちによって、多くの不思議なわざとあかしの奇蹟が行なわれた。」(43節)

初代教会の特徴の一つは「恐れ」でした。神に対する健康的な「恐れ」が生じた結果、多くの不思議としるしが行われていたという事実を、私たちは心に留める必要があります。もちろん、神は恵みに満ちておられますが、同時に聖なる神です。C・S・ルイスはナルニア物語でアスランというライオンでこの点を描写しています。物語の中でビーバーはこう表現します。

「もちろん、あの方は安全ではありません。けれどもよい方なのです。」

イエス・キリストは私たちにとって安全な方ではなく、よい方という認識はとても重要です。なぜなら、私たちはイエス・キリストを恐れ、ひざまづくべき存在だからです。

「主を恐れることは知識の初めである。」(箴言1:7)

ひめゆりの塔

今回の沖縄滞在の折、ずっと行きたいと思っていたひめゆりの塔を訪れることができました。幼いころ彼女たちを題材にした映画を見たことがあり、様々な場面が私の脳裏に鮮明に焼き付いていました。実際に使われていた沖縄陸軍病院第3外科豪は入り口をのぞき込んでも真っ暗で、皆がはしごを使って上り下りしていたことを知り愕然としました。米軍が沖縄に上陸し、戦局は悪化の一途を辿り、現在ひめゆりの塔が建っている第3外科豪は終戦間近の6月19日朝の攻撃で96名のうち89名が死亡しました。沖縄戦での日本の死者は12万人以上。アメリカ軍の死者は2万人以上。洗脳教育の恐ろしさ、リーダーの責任の重さを今まで以上に感じる機会となりました。不完全な私たち人間が、クリスチャンが、どうすれば地の塩・世の光としてこの世界の希望となることができるのか。沖縄戦での数々の証言を資料館で読みながらイエス様にのみ希望があることを、イエス様にしか希望はないことを心に刻む、静かな祈りの時間となりました。
(小山晶子牧師夫人)