くせ毛なんです

今年もやってきました。一年で一番憂鬱な季節、梅雨。

毛量もさることながらくせ毛具合のひどさが今年は特に強いように思います。

配信の画像を見てそのぼんわり加減にさらにショックを受けていますが「ありのーままのーすがたみせるのよー♪」もう、歌うしかありません。

そう、神様がわたしをこう創られたのですから。

もっと鼻が高ければ、もっと目が大きければ、もっと髪がさらさらだったら、もっと背が高かったらわたしの人生もっと楽しくてきらきらするはず、、、

でもわたしたちはそんな「きらきらした」場所にいるはずの人が自死する現実を目の当たりにし、混乱するのです。

わたしの人生を変えたのは中学一年の時にきいた『あなたは愛されています』というメッセージでした。

何のとりえもなく、平凡な自分。

劣等感でいっぱいだったわたしの心は、神様の愛を知って少しずつ癒されていきました。

そのままで愛されていることを知り、体験することほどわたしたちの心を安定させるものはありません。

だから今日も伝えたいのです。

あなたはそのままで神様に愛されています。

とてもとても、愛されています。

(小山晶子牧師夫人)

ビックマックセット

先日ニュースでアメリカのインフレと日本への影響について報道していたのですが、アメリカではいま、マックのビックマックセットが一五〇〇円と聞いて仰天しました。

円安も続いているためHOPの支援金を送るタイミングが難しく理事会でも悩んでいます。

私たちにとって身近な食料品もじわじわと値上がりし、最近ではガソリンを満タンにすることも出来なくなってしまいました。

コロナが収束すれば回復すると思っていた経済が、ロシアのウクライナへの軍事侵攻によって不安定になった世界の中で、未来が描けないほどに人々を不安へと駆り立てています。

神様を抜きにしてこの世界を見るならばまさに「絶望」だと思います。

全ての快楽と富を享受しつくしたソロモンは最後にこう警告しています。

『あなたの若い日にあなたの創造者を覚えよ。禍の日が来ないうちに、また、「何の喜びもない」という年月が近づく前に(伝道者の書12:1)。』

『結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとって全てである(伝道者の書12:13)。』

心にとめるべき御言葉だと思います

(小山晶子牧師夫人)

詩篇 145篇

「私の口が主の誉れを語り、すべて肉なる者が聖なる御名を、世々限りなくほめたたえますように。」(145:21)

この詩篇はヘブル語のアルファベット順に始まる「アルファベット詩」です。

18節をメッセージ訳ではこう訳しています。

「神はそこにおられる。祈るすべての人のために。本気で祈っているすべての人のために。」

祈りは単なる気休めではありません。

本気で祈る、その祈りに神が答えてくださることを私たちは体験します。

後のユダヤ教においてこの詩は日毎の賛美の祈りに用いられたと言います。

タルムードには、この詩を日に三度口にする者には、来るべき世界で神の子となることが約束されています。

興味深いことは、「主の祈り」と通ずる面がこの詩にあることです。

「聖なる御名を世々限りなくほめたたえますように。」(21節)は「御名があがめられますように」(原意は「御名を聖とする」)と重なります。

毎日、主の祈りを祈ることをお勧めします。

 

天にまします我らの父よ

願わくは御名をあがめさせたまえ

御国を来たらせたまえ

みこころの天になるごとく地にもなさせたまえ

我らの日用の糧を今日も与えたまえ

我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく

我らの罪をも赦したまえ

我らを試みにあわせず悪より救い出したまえ

国と力と栄えとは限りなく汝のものなればなり

アーメン

 

服部嘉明(よしあき)先生

献堂記念礼拝が無事終わりようやくちゃんと悲しむ時間を持っています。

東京基督教大学一年時、神学入門の指導をしていただきコイノニアメンバーに加わったことがきっかけで、その後約30年間毎年欠かさずクリスマスカードと誕生日カードを送り続けてきてくださった服部嘉明先生が4月15日に天に召されたのです。

しかも私がそのことを知ったのはひと月近くも経ってから。

とてもショックでした。

小山先生が卒業したノースウエスト大学近くの湖畔に引退後は居を移し、そのこともあってか牧会での行き詰まりを吐露した折には何度もシアトルに来ることを勧めてくださったことでほっと肩の力が抜けたことを今でも思い出します。

落ち着いたらシアトルに行きたいです、といつもお便りで書いていたのに結局地上でお目にかかることはかなわなくなってしまいました。

大学時代、唯一F(落第点)を取った科目(次年度クリアしましたが、、、)が服部先生の神学入門でした。

出来の悪い生徒だった私にも分け隔てなく接してくださった服部先生は信仰者として、人として、これからもずっと私の模範です。  (小山晶子牧師夫人)

いよいよ、きょう!

きょうはペンテコステ。

歴史的な教会の誕生日に開拓40周年献堂20周年を迎えることができることは神様の不思議な導きであると思います。

ほぼ開拓に近い状態で、しかも結婚直後に主任牧師家族が帰国してしまうという状況は22歳の私にとって正直まったく予想もしていなかったことでした。

すでに教会運営の基盤ができていた母教会では経験したことがないことばかり。

ですから最初からわたし自身が小山牧師に協力的だったかと言えば決してそうではありませんでした。

今考えるとまるでヨブの妻のようなセリフを吐いたこともあります。

でもどんなときでも誠実に主と人々に仕える夫を傍らで見続ける中で、私の心も次第に変えられていきました。

だからこの教会に小山牧師が立てられていることを心から感謝します。

妻としては『今日までお疲れさまでした』と言ってあげたいです。

地上での働きがあとどれくらい私たちに任されているかは分かりませんが、皆さまと共にキリストの体をこれからも建てあげていきたいと願います。

きょうまでありがとうございました。

これからもどうぞよろしくお願いします。

(小山晶子牧師夫人)

いよいよ来週の日曜日に!

神様の不思議な導きと恵みの中でこの教会に導かれ、与えられたすべての出会いに心から感謝します。

イエス様の十字架の御業と復活の希望はいつも私たちの目を永遠の希望へと向けさせてくれます。

全ての生き物の中で死ぬことへの恐れを抱くのは人間だけ。

将来への不安を感じるのも人間だけ。

なにかを拝もうとするのも人間だけ。

死後どうなるのかと悩むのも人間だけ。

人間は特別に神様が創られ、命の息を吹き込まれた存在であり、神様を礼拝し神様との関係の中でのみ本当の安らぎや平安を体験できるのだと思います。

 だからこそ、和解の使者となってくださったイエス様が私たちの唯一の救いであるということをこれからも、この教会が存在する限り語り続けていきたいと思います。

『エベン・エゼル』主への感謝の記念碑がこれからも増え続けていきますように。

来週は奇跡の場所であるこの礼拝堂で、沢山の方々と共に主への感謝をささげる時を持つことができますように。

ただ、駐車場に限りがありますので近隣のコーンパーキングのご利用をお願いする場合があるかもしれません。

どうぞご了承ください。

(小山晶子牧師夫人)

6月5日は記念礼拝です!

いよいよ来月、6月最初の日曜日(6月5日)は開拓40周年献堂20周年を記念しての特別な礼拝です。

いつもより30分早い10時から、第一第二合同で行いますのでお間違えの無いようにお願いします。

これまでの神様の守りと導きに感謝をささげ、これからの教会の歩みがさらに主によって広げられていくことを願い、心を合わせて祈る時としたいと思います。

記念CDも完成を待つばかりとなりました。

『エベン・エゼル』というタイトルに相応しい記念碑となるに違いありません。

記念DVD の制作も着々と進んでいます。

私たちの人生に様々なことがあったように、栄シャローム福音教会にも喜び、感謝、痛み、涙があります。

しかしそれらすべてを超えて今ここに教会が存在していること自体が、ただただ神様の恵みの奇跡だと思うのです。

ですから神様へのたくさんの感謝を携えて集いたいと思います。

『主がここまでわたしたちを助けてくださった』ことを人生を振り返りながら思い起こし、次の『エベン・エゼル』にむけて前進していきましょう。

これまでかかわってくださった全ての方々に心から感謝しつつ。

(小山晶子牧師夫人)

免許更新

5年ぶりに運転免許証の更新案内が来ました、というかおよそひと月前にはもう来ていました。

先週ようやく栄警察署に行き、更新の手続きをしました。

明日は行こう、明日は行こうと思いながらもなんだかんだと理由をつけては先延ばしにしていましたが、いいかげんやらねば、とようやく重い腰を上げての手続きです。

以前は用意されたビデオをただ漫然と30分ほど見るだけだったのに、今回は講習ビデオ15分、直の説明が15分となっていました。

最近問題になっているあおり運転やスマホの普及によるながら運転に関しては特に熱心に話され、あらためて運転免許証を保持していることの重みを感じています。

ところで、クリスチャンには免許証のようなものは存在しませんが生き方の教本は存在しています。

それが聖書です。

聖書を読まなければクリスチャンとしての生き方を学ぶことはできません。

その一丁目一番地は「心を尽くし思いを尽くし、力を尽くし、知力を尽くしてあなたの神である主を愛せよ。」

そして「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」です。

毎日聖書を読むことは基本中の基本です。

(小山晶子牧師夫人)

小坂忠さん②

二週にわたって忠さんのことを書くことをどうぞお許しください。

昨日、所沢の音楽ホールで行われた忠さんの告別式に参列してきました。

800人収容のホールは30分前にはすでに満席となり入場できない方々がロビーにあふれるほどでした。

2時間の告別式の最後に高先生が登壇し挨拶をされました。

その中で、亡くなる直前目を大きく見開いた忠先生が高先生に「愛してるよ」とおっしゃったので手を握り「愛してる」と伝えた、という話をして下さいました。

私の涙腺はこの時完全に崩壊しました。

私たちの人生には終わりがあります。

必ず、死ぬのです。

誰一人逃れることはできません。

『死』を真剣に考えるならば『生』も真剣に考えるようになると思います。

全身がんの宣告から5年、忠先生はいのちの期限を意識しながら自分を捧げて走り切ったのだと思います。

私たちはどうでしょうか。自分のいのちがあと半年だと言われても今の生き方を続けますか。

「あなたは勇敢に戦わず、走るべき道のりを結局走らず、なんでもほどほどで犠牲を払わない信仰生活を送りましたね」、、、そんな結末、私は嫌です、、、

(小山晶子牧師夫人)

小坂忠さん

あえて「忠さん」と言わせてください。

わたしが幼いころ、礼拝賛美は聖歌と讃美歌のみ。

奏楽は足踏みオルガンでした。

ところが小学校に上がるころになるとギターやピアノ、ベース、ドラムといった様々な楽器がもちいられるようになり、ものすごい勢いで刷新されていったのです。

その中心となったのが忠さんでした。

一般の音楽シーンからクリスチャン音楽の世界に来て、様々な激しい抵抗に苦労しながらも実践的な訓練や新しい賛美を取り入れることを通して「最高の賛美を主に捧げる」ことを教えてくださいました。

いま賛美奉仕に携わっている人の中で忠さん(ミクタム)の影響を受けていない人はいないのではないかと思います。

ユーミンや松本隆など超有名な方々との交流がある実力者でありながら、気さくで、お茶目で、やさしくて、あったかい忠さん。

何よりもイエス様を愛し、犠牲をいとわず全てを捧げつくして天に凱旋していった忠さん。

悲しいです。

つらいです。

でも「なぜ?」とは思いません。

勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終えた忠さんがイエス様とお会いして、満面の笑みを浮かべている姿がみえるから。 

(小山晶子牧師夫人)