エペソ 6:18-24

「朽ちることのない愛をもって私たちの主イエス・キリストを愛する、すべての人とともに、恵みがありますように。」(6:24)

エペソ人への手紙は「不滅」(ἀφθαρσίᾳ)という単語で終わります。

新改訳では愛にかけて「朽ちることのない愛をもって」と訳しています。

ただ、原文では直前にあるイエス・キリストにかけるほうが自然に思えます。

「恵みが、私たちの主、不滅なイエス・キリストを愛するすべての人たちとともにあるように。」

イエス・キリストは永遠の主、滅びることなく、朽ちることのないお方です。

死もよみの力も、イエス・キリストを留めることはできませんでした。

イエス・キリストの支配は、永遠であり、イエス・キリストを信じて生きるとは、まさに、その永遠に生きることでもあります。

イエス・キリストは言われました。

「天地は消え去ります。しかし、わたしのことばは決して消え去ることがありません。」(マタイ24:35)

エペソ 6:10-17

「悪魔の策略に対して堅く立つことができるように、神のすべての武具を身に着けなさい。」(6:11)

ナルニア国物語の著者、CSルイスはこんなことを言っています。

「悪霊に関して私たちが陥りやすい、二つの、等しく、かつ相反する間違いがある。一つは、悪霊の存在を信じないこと。もう一つは、不健全な興味を抱くことである。悪霊らは、この両方の間違いに喜び、物質主義者や魔術をする者を同じ喜びで迎える。」

悪魔の存在を否定することも危険ですが、悪魔に過度に焦点を合わせることも危険です。

大切なことは、神のすべての武具を身につけることです。

それは、イエス様に焦点を合わせること、すぐに起き上がること、福音宣教に積極的に関わること、困難な時に神を信頼すること、思いを守ること、神のみことばに浸かることです。

オープンチャーチ

気づけば4年ぶりのオープンチャーチまであと4日。

ひえーっという感じです。

きょうの第二の礼拝後に新實伝道師から詳しく説明がありますので、みなさんご協力をよろしくお願いします。

今回はいつも協力してくださっている保土ヶ谷純福音教会の三堂先生や兄弟姉妹に加えて富士純福音教会の河西ヨルゲン先生御一家もお手伝いに来てくださいます。

神の家族の豊かな関係作りの時となることも願っています!

終わりの時代に生きていることをひしひしと感じる今日この頃、私たちはできる限り福音の種を蒔いていきたいと思います。

オープンチャーチはまずその第一歩。

わたしたちの姿を通してイエスさまの愛や祝福を流していくことができますように。

事故やトラブルなくたくさんの方々が参加してくださる素晴らしい楽しい1日となりますように。

今週からいよいよ11月、今年もあと2ヶ月となりました。

わたしたちが後どれだけ宣教の時間を与えられているかわかりませんが、一人でも多くの人にイエスさまを指し示していくことができるように祈り、前進する教会へとますます成長していきますように。

 (小山晶子牧師婦人)

エペソ 6:1-9

「父たちよ。自分の子どもたちを怒らせてはいけません。むしろ、主の教育と訓戒によって育てなさい。」(6:4)

パウロは、彼が生きていたローマ世界という文脈の中で、この手紙を書いています。

当時のローマ世界は、生まれてきた赤ちゃんが病気や障害があれば、平気で殺してしまう社会でした。

父親は家族に対し、絶対的な力を持っていて、子どもを奴隷として売ることもできましたし、鎖につないで働かせることもできましたし、死刑にすることさえできました。

この文脈の中で、イエス・キリストは言いました。

「子どもたちを、わたしのところに来させなさい。止めてはいけません。神の国は、このような者たちのものです。」(マルコ10:14)

パウロは、このイエス様の教えを土台として語っています。

「主がお認めになる教育と、愛のこもった助言や忠告によって育てなさい。」(LB)

今日は主の日。共に主に礼拝を捧げましょう!

オープンチャーチ

2023年11月3日(金)

11時から14時まで、オープンチャーチを開催します!

楽しいゲームがいっぱいのキッズコーナーもあります。

焼きそば、タコス、焼き鳥、ミニ弁当、うどん、スイーツ、フランクフルト、キムチなどを販売します。

また、13時から、マジックや生演奏もあります。

ぜひ、足を運んでみてください!

エペソ 5:22-33

「この奥義は偉大です。私は、キリストと教会を指して言っているのです。」(5:32)

今日の箇所は、結婚を例として挙げていますが、結婚関係だけに限定する内容ではありません。

パウロが言いたいことは、結婚関係だけでなく、教会においても、あらゆる関係においても、互いに尊敬しあうことが大切だということです。

だから、続けてこう記されています。

妻もまた、自分の夫を敬いなさい。

「尊敬すること」はすべての関係のカギです。

それぞれが大切にしていることを、否定するのではなく、尊重する必要があります。

32節をメッセージ訳ではこう訳しています。

これは、巨大なミステリーです。私は全部理解できているふりはしません。私に明確なのは、キリストが教会をどのように扱われたか。

分からないことはあります。

しかし、私たちが造られた目的は、キリストとの関係のためであることは確かです。

エペソ 5:15-21

「詩と賛美と霊の歌をもって互いに語り合い、主に向かって心から賛美し、歌いなさい。」(5:19)

「心から歌い」というのは、声に出して歌うことで、「賛美しなさい」というのは、楽器を用いて奏でることと言われています。

「詩と賛美と霊の歌」がどんな音楽だったかは分かりません。

再現できるような楽譜も残っていません。

ただ、礼拝の中で、音楽が用いられていたことは確かです。

これは、多くの学者が指摘するように、その時代、その文化に合わせて、音楽は変化する必要があるという意味だと思われます。

讃美歌や聖歌と呼ばれるものの多くは、十九世紀ごろのリバイバル運動と呼ばれる中で出来たものがほとんどです。

当時の流行のメロディを用いて、替え歌にしたものが、多く含まれています。

「霊の歌」は、賛美の中で、聖霊様に導かれて即興で歌われた可能性があります。

新しい歌が生まれ、歌われるということは、聖霊様が働かれているという証明でもあります。

エペソ 5:1-14

「むしろ、口にすべきは感謝のことばです。」(5:4)

ある学者は、「感謝を捧げることは、クリスチャン生活とほぼ同義語です」と言います。

ユダヤ人の格言に、こういうものがあります。

「『ありがとう』ということばが口から出るまで、子どもにほかのことばを教えるな」。

他者を一番喜ばせる言葉は、「ありがとう」だそうです。

神を一番喜ばせる言葉も、「ありがとう」です。

「福音に生きる者は、感謝がふさわしい」

と聖書は言っているということです。

少なくとも、神が、こんな私をも愛してくださっていることを感謝することができます。

イエス・キリストが私たちの罪のために十字架にかかり死に、復活されたことを感謝することができます。

イエス・キリストと共に生きることができることを、感謝することができます。

いつも喜び、たえず祈り、すべてのことを感謝するように努めること、それが、神の意思であり、この地上に、キリストの御国を現わしていくことです。

エペソ 4:25-32

「神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、贖いの日のために、聖霊によって証印を押されているのです。」(4:30)

聖霊様は単なる力とか抽象的な物体ではありません。

悲しむこともある、人格をもった存在です。

聖書が教える神は、父、子、聖霊の三位一体なる神です。

だから聖書は言います。

「聖霊を悲しませるような生き方をしてはいけません。この聖霊は、罪からの救いが完成する日のために、救いの確かな証印を押してくださる方であることを忘れてはなりません。」(LB)

聖霊様の悲しませることの一つは、悪い言葉を口から出すことです。

前節にこのようにあります。

「悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。むしろ、必要なときに、人の成長に役立つことばを語り、聞く人に恵みを与えなさい。」(29節)

エペソ 4:17-24

「また、あなたがたが霊と心において新しくされ続け、」(4:23)

「霊と心」は、直訳すると「考え方の霊」で、私たちの思考に影響を与える聖霊なる神様のことです。

要するに、

あなたがたの考え方を、聖霊様によって新しくされ続けなさい。

ということです。

私たちは、聖霊様によって、日々、私たちの考え方を新たにされ続ける必要があります。

聖霊なる神様によって、私たちの考え方が刷新され続けるために、3つのことが求められています。

一つ目は、22節、古い人を脱ぎ捨てること

「古い人」とは、神を認めない生き方のことです。

二つ目は、23節、新しくされ続けること

三つ目は、24節、新しい人を着ることです。

私たちは、古い自分を脱ぎ捨て、日々、新しくされ、新しい人を着る必要があります。

これは、長い人生をかけて取り組んでいく内容です。