pastoreiji の紹介

キリスト教会の牧師をさせていただいています。アメリカのバイブル・カレッジを卒業。アメリカではカルバリーチャペルというグループの教会で同時通訳の奉仕をさせていただいていました。教会の牧師として14年目の時、サバティカルとして立教大学大学院、キリスト教学研究科で博士課程前期課程をさせていただきました。新約学(パウロ研究)をライフワークとして取り組んでいます。

オバデヤ 1:15-21

「しかし、シオンの山には、逃れの者がいるようになる。そこは聖となり、ヤコブの家は自分の領地を所有するようになる。」(1:17)

この箇所から学べる霊的な法則は、「領地を所有する」信仰です。

エジプトを脱出したイスラエルの民は、何もせずに約束の地に定住できたわけではありません。

領地を所有しなければなりませんでした。

神は私たちのために領地を備えておられますが、私たちは信仰をもって所有しなければなりません。

暴力によってではありません。

信仰によって所有するのです。

カルバリーチャペルのチャック・スミス先生はこう言います。

「私たちは今日、自分の領地を所有することができます。神が望んでおられるレベル以下の平凡な人生に甘んじてはいけません。神のものを追い求めましょう。神の力を追い求めましょう。神の霊の油注ぎを追い求めましょう。信じましょう。そして、あなたのものをとりましょう。」

オバデヤ 1:1-14

「岩の裂け目に住み、高い所を住まいとする者よ。おまえの高慢は、おまえ自身を欺いている。おまえは心の中で言っている。『だれが私を地に引きずり降ろせるのか』と。」(1:3)

オバデヤ書は旧約聖書の中でもっとも短い書で、全部で21節しかありません。

「エドムについてこう言われる。」(1:1)

とあるように、エドムに対する預言です。

エドムはエサウの子孫のことです。

双子の弟のヤコブの子孫がイスラエルで、その関係は、エサウとヤコブが微妙であったように、微妙でした。

エドムの罪は「高慢」でした。

エドムの人々は高慢にも神を忘れ、このように言います。

「だれが私を地に引きずり降ろせるのか」。

神は「高慢」になっている人を放っておくことはありません。

ペテロの手紙第一には明確にこのように記されています。

「「神は高ぶる者には敵対し、へりくだった者には恵みを与えられる」のです。ですから、あなたがたは神の力強い御手の下にへりくだりなさい。」(5:5,6)

エリヤスとアニー

まだまだ先のことだと思っていたエリヤスとアニーの来日がいよいよ今週木曜日となりました。

結婚してまもない二人は20代前半。

新婚旅行の代わりに短期宣教を希望して(それだけでも感動します)8月20日までの2ヶ月、主に栄シャローム福音教会を拠点として活動することになっています。

キャンプでの奉仕や日曜日にTPKF関係教会へ奉仕に行くことは決まっているのですがウイークデイの活動をどうするかは来日し直接話し合ってスケジュールを組むことになっています。

ですので皆さんからもぜひアイデアを頂きたく思います。

せっかくの宣教の機会、皆さんがイエス様を伝えたいと願っている人にどんな企画なら教会に足を踏み入れてもらえるかな、と自分ごととして考えていただき一緒に実現していけたら嬉しいです!

例えば子どもの一日英語キャンプや英語カフェ、北欧クッキングなど。

私も30年近くやっているとアイデアも枯渇して少々悩んでいますのでご協力よろしくお願いします。

そして今からでも遅くないのでエリヤスとアニーの宣教が実り多きものであるよう是非お祈りください。

(小山晶子牧師婦人)

2ペテロ 3:10-18

「ですから、愛する者たち。あなたがたは前もって分かっているのですから、不道徳な者たちの惑わしに誘い込まれて、自分自身の堅実さを失わないよう、よく気をつけなさい。」(3:17)

使徒パウロはこのように言いました。

「それとも、神のいつくしみ深さがあなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かないつくしみと忍耐と寛容を軽んじているのですか。」(ローマ2:4)

神の忍耐は私たちに与えられたチャンスです。

この世界に福音を伝えるチャンスであり、聖なる生活を生きるチャンスです。

しかし、この地上での生活がすべてかのような惑わしがあります。

ですから私たちは気をつける必要があります。

具体的には、

「私たちの主であり、救い主であるイエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。」(3:18)

と聖書は言います。

私たちは聖書の御言葉を学び続けて、さらに深くイエス様を知るために努める必要があります。

今日は主の日。共に主に礼拝を捧げましょう!

2ペテロ 3:1-9

「主は、ある人たちが遅れていると思っているように、約束したことを遅らせているのではなく、あなたがたに対して忍耐しておられるのです。だれも滅びることがなく、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。」(3:9)

キリストの再臨の約束を嘲る者たちがペテロの時代からいました。

ペテロの答えは、神の愛のゆえに忍耐しているということです。

「遅れている」ことは、「ない」こととは違います。

しかし、神は「だれも滅びることがなく、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです」。

それは、ニネベが滅びるのを待っていたヨナに、神が語られたことを思い出させます。

「あなたは、自分で労さず、育てもせず、一夜で生えて一夜で滅びたこの唐胡麻を惜しんでいる。ましてわたしは、この大きな都ニネベを惜しまないでいられるだろうか。そこには、右も左も分からない十二万人以上の人間と、数多くの家畜がいるではないか。」(ヨナ4:10,11)

2ペテロ 2:12-22

「その人たちに自由を約束しながら、自分自身は滅びの奴隷となっています。人は自分を打ち負かした人の奴隷となるのです。」(2:19)

偽教師の特徴は人の耳に心地よい言葉を語ることです。

偽りの自由、滅びに導く自由を約束することです。

例えば、「ギャンブルをする自由」を主張する人がいます。

しかし、ギャンブル依存症になって、自分の人生を台無しにするならば、それは自由と呼べるでしょうか。

ルターは真の霊的なキリスト教的なの自由をこのようにまとめています。

「キリスト者は自分自身において生きることはなく、キリストと隣人において生きる。キリスト者はキリストにおいて信仰に生きる。また、キリスト者は隣人において愛に生きる。キリスト者は信仰によって自らを超えて神の中に入り、愛によって神から出て再び自らのもとに戻るが、他方で常に神と神の愛にとどまる。」(キリスト者の自由)

2ペテロ 2:1-11

「しかし、御民の中には偽預言者も出ました。同じように、あなたがたの中にも偽教師が現れます。彼らは、滅びをもたらす異端をひそかに持ち込むようになります。自分たちを買い取ってくださった主さえも否定し、自分たちの身に速やかな滅びを招くのです。」(2:1)

初代教会においても人々を惑わし、「滅びをもたらす異端」を持ち込む人たちがいました。

ペテロは、私たちが何でも受け入れないように気をつけるように言います。

残念ながら、「キリスト教」と言いながらも、内実は「滅びをもたらす異端」ということがあります。

単純に何でも信じてはいけないということです。

偽教師の特徴は、「自分たちを買い取ってくださった主さえも否定」することです。

イエス・キリストが十字架の御業によって、罪を贖ってくださったことを否定する教えは偽りです。

イエス・キリストよりも自分を高くしているならば、それは明らかに偽教師です。

2ペテロ 1:12-21

「ただし、聖書のどんな預言も勝手に解釈するものではないことを、まず心得ておきなさい。預言は、決して人間の意志によってもたらされたものではなく、聖霊に動かされた人たちが神から受けて語ったものです。」(1:20,21)

聖書は、

聖霊に動かされた人たちが神から受けて語ったもの

ですから、聖霊様の助けを求めて解釈する必要があります。

しかし、それは、「霊的」に見える人たちの勝手な解釈を鵜呑みにするということではありません。

聖書は誤りなき神の言葉ですが、解釈をする人間は誤ることがあります。

そのような謙遜さを持つことは重要です。

基本的には、聖書は文学的に書いてありますので、文学的な文脈を踏まえて解釈しているか、注意する必要があります。

また、歴史的な文脈の中で記されていますので、歴史的な文脈を踏まえて解釈しているか、注意する必要があります。

2ペテロ 1:1-11

「だからこそ、あなたがたはあらゆる熱意を傾けて、信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。」(1:5-7)

すべては神の恵みであり、イエス・キリストを信じるだけで救われるのですが、イエス・キリストに捕らえられたならば、あらゆる熱意を傾けて、追求するようになります。

ありのままで何もしなくても自然と身につくとは言いません。

あらゆる努力をして」(LB)

とあるように、この価値観に生きることを欲し、自分の意志で、「イエス・キリストを知ること」を選んでいく、選択していく必要があると言うことです。

神はすでに、神の力によって、必要なすべてのものを私たちに与えてくださっています。

だから言われます。

「これらの贈り物をいただくために、あなたがたはあらゆる努力をして神を理解し、神が何を望んでおられるかを知らなければなりません。」(1:5LB)

1ペテロ 5:8-14

「堅く信仰に立って、この悪魔に対抗しなさい。ご存じのように、世界中で、あなたがたの兄弟たちが同じ苦難を通ってきているのです。」(5:9)

ペテロは「悪魔に対抗しなさい」と言います。

ヤコブも同じように言います。

「ですから、神に従い、悪魔に対抗しなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。」(ヤコブ4:7)

ペテロが言及する具体的な対抗策は二つです。

一つ目は「堅く信仰に立」つこと。

二つ目は、「世界中で、あなたがたの兄弟たちが同じ苦難を通ってきている」ことを認識すること。

CSルイスはこのように注意します。

「悪霊に関して私たちが陥りやすい、二つの、等しく、かつ相反する間違いがある。一つは、悪霊の存在を信じないこと。もう一つは、悪霊の存在を信じて、過度にそれを意識し、不健全な興味を抱くことである。悪霊らは、この両方の間違いに喜び、物質主義者や魔術をする者を同じ喜びで迎える。」