「今、あなたはどうすればよいか、よくわきまえてください。わざわいが私たち の主人と、その一家に及ぶことは、もう、はっきりしています。ご主人はよこし まな者ですから、だれも話したがらないのです。」(17節) ナバルという非常に裕福な実業家がいました。彼は「けちで頑固で、行状もよく ない」(3節LB)人物でした。彼の一番の問題は、誰も彼と話したがらない、 つまり、彼に『聞く耳がなかった』ということです。CNNの名司会者で有名 だったラリー・キングはこんなことを言っています。「私は毎朝、自分にこんな 風に言い聞かせている。『今日、私が口にすることは、私には何も教えてくれな い。だから、もし何かを学ぼうとするなら、私は人の話にじっくりと耳を傾けな ければならない』と。」「我以外皆師」という姿勢は、私たちが「ナバル化」し ないために重要です。今日、自分に、聖書の御言葉に対する聞く耳があるでしょ うか?
カテゴリーアーカイブ: デイリーデボーション
Ⅰサムエル 24章
「彼は部下に言った。『私が、主に逆らって、主に油そそがれた方、私の主君に対して、そのようなことをして、手を下すなど、主の前に絶対にできないことだ。彼は主に油そそがれた方だから。』」(6節)
サウル王はダビデを殺そうと捜していました。ダビデはサウル王を自分の手で殺すことができる機会が訪れました。しかし、ダビデはそうしませんでした。有名なジーン・エドワーズ師の『砕かれた心の輝き』(三人の王の話)の中で、その理由をダビデはこう言っています。「彼がしたことをわたしが真似るより、殺されたほうがましだ。王のようにわたしがなるより、王に殺されたほうがよい。結局は彼をおかしくさせた手段を、わたしは選ばない。つまり、決して槍を投げない。憎しみをぶつける先を求めない。わたしは決して復讐しない。今もしないし、今後も絶対にしない。」サウル王のように憎しみに動かされるなら、自分もまたサウル王のようになります。
Ⅰサムエル 23章
「ダビデは言った。『ケイラの者たちは、私と私の部下をサウルの手に引き渡すでしょうか。』主は仰せられた。『彼らは引き渡す。』」(12節)
ダビデは、自分たちのいのちをかけてペリシテ人と戦い、ケイラの人々を救いました。その知らせを聞いたサウル王がダビデを捕まえにケイラに来ることになりました。常識的に考えると、自分たちを救った英雄を裏切るようなことはしないと思ってしまいます。ダビデの賢かったことは、たとえそう見える状況であっても神に尋ね求めたということです。神様はケイラの人々が裏切ることを伝えたので、ダビデは逃亡することができました。祈り求める必要がないほど答えが明白な時ほど、私たちは気をつける必要があります。自分で勝手に結論づけずに、たとえ順調に見えても、常に主に祈り、主の御言葉を待ち望む姿勢が大切です。
「主よ、今日は主の日。どんな時でもあなたに祈り、礼拝できますように」
本日の第三礼拝(18時から)は英語礼拝です。JohnT宣教師のメッセージです。
Ⅰサムエル 22章
「また、困窮している者、負債のある者、不満のある者たちもみな、彼のところに集まって来たので、ダビデは彼らの長となった。こうして、約四百人の者が彼とともにいるようになった。」(2節)
ダビデのもとに集まってきた人たちは、問題を抱えた人、不満を抱いていた人たちでした。しかし、彼らがダビデの勇士となります。ハワイのコデイロ先生はこんなことを言っています。「私たちの周りには、若いパウロや短気なペテロや自信のないテモテのような、あるいはプリスキラやマルタ、ルデヤのような人たちが大勢います。しかし、ドリームリリーサーの心を育てない限り、私たちがこうした人々に目を留めることはありません。こうした偉大な可能性を持った人たちは、しばしば見栄えの悪い包みにくるまれていたり、格好の悪い箱に入っていたりします。彼らは問題だらけのように見えますが、ドリームリリーサーはそのような包み紙の中にあるものを見通すことができるのです。」
Ⅰサムエル 21章
「それは何よりです。私に下さい。」(9節)
箴言29章25節にこういう箇所があります。「人を恐れるとわなにかかる。」サウルを非常に恐れたダビデはゴリアテを倒した剣を、「それにまさるものはない。それをください。」(新共同訳)と受け取ります。しかし、皮肉にも、剣を手にしたダビデに不安がつきまといます。榎本保郎師は言います。「彼の心が神から物に移ったとき、神にではなく、物に平安の根拠を求めたとき、彼は不安のとりこになってしまったのである。」箴言は続いてこう記されています。「しかし主に信頼する者は守られる。」ダビデはこの経験から詩篇34篇を書きました。「私が主を求めると、主は答えてくださった。私をすべての恐怖から救い出してくださった。」(4節)榎本師は言います。「しっかりと神により頼もうとするとき、私たちは何ものをも恐れない。しかし、ひとたびその目がこの世の物に移り、ゴリアテのつるぎを『それにまさるものはない』と思うようになるとき、その日私たちは不安のとりこになってしまう。」
Ⅰサムエル 20章
「私と死との間には、ただ一歩の隔たりしかありません。」(3節)
ダビデはヨナタンに、自分が死と背中合わせであることを告げました。しかし、真実は、すべての人が死との間に、ただ一歩の隔たりしかありません。人は死亡率100%であり、神様の御手が退けられれば、いつでも取り去られてしまいます。神学者のマクグラスは言います。「地上の人生は、新しいエルサレムで生きる希望によって大きく変えられます。・・・毎日の生活の決まったパターンしか見ない者がいる一方で、最後の運命は神にあることを知って、天を見上げる者がいる・・・人生とは墓で終わるものと信じている人々のような失望に捕らわれてはなりません。真実は全く違います」神様は天国の喜びで私たちが地上を生きることを願っておられます。
「主よ、天国への希望で私たちを満たしてください。」
Ⅰサムエル 19章
「サウルはダビデの家に使者たちを遣わし、彼を見張らせ、朝になって彼を殺そうとした。ダビデの妻ミカルはダビデに告げて言った。『今夜、あなたのいのちを救わなければ、あすは、あなたは殺されてしまいます。』こうしてミカルはダビデを窓から降ろしたので、彼は逃げて行き、難をのがれた。」(11、12節)
サウル王がダビデを殺そうとしたこの一連の出来事の中で、ダビデは素晴らしい詩を作りました。ダビデは恐怖と絶望の中で、心からの叫びを詩にしました。この時にできた詩が詩篇59篇です。「わが神。私を敵から救い出してください。私に立ち向かう者が届かぬほど、私を高く上げてください。」「私の力、あなたに、私はほめ歌を歌います。神は私のとりで、私の恵みの神であられます。」(1、17節)パウロとシラスが真夜中に賛美を捧げていた時に奇跡が起きたように、人生の真夜中に神様は素晴らしい賛美の歌を与えてくださいます。そして賛美を捧げる時、奇跡が起こります。
Ⅰサムエル 18章
「それでサウルは、ますますダビデを恐れた。サウルはいつまでもダビデの敵となった。」(29節)
サウル王の治世の初期には、「神に心を動かされた勇者は、彼について行った。」(10:26)とあります。神様は彼の周りに素晴らしい人々を備えてくださっていました。そしてダビデが彼の人生に現れました。ダビデは神の心にかなう人でした。しかもダビデは神を愛するだけでなく、サウル王に対しても忠実でした。しかし驚くことに、サウルはそんなダビデの敵となったとあります。サウルは、忠実な部下ダビデを脅威に感じたのです。どんな理由であれ、忠実な友人を脅威に感じ、背を向けてしまうなら、その人生は下り坂にあります。私たちが神様から目を離してしまう時、忠実な友人の存在は、私たちに忠告を与えてくれます。どんな理由であれ、その忠実な友人を敵対視することがありませんように。
Ⅰサムエル 17章
「この全集団も、主が剣や槍を使わずに救うことを知るであろう。この戦いは主の戦いだ。主はおまえたちをわれわれの手に渡される。」(47節)
この章は、有名な少年ダビデとゴリアテの話が記されています。ゴリアテは約三メートルの巨人でした。驚くことは、サウル王をはじめイスラエルの人々が非常に恐れたゴリアテを、少年ダビデは恐れなかったということです。榎本師はこう言っています。「私たちはここで純粋に神を信じる者と、現実に目を奪われて、神を見失っている者とを見ることができる。」サウルもイスラエルの人々も神は万軍の主と信じていたはずです。しかし現実に巨人ゴリアテを見た時、彼らの目は自分対巨人としか見ることができませんでした。ダビデもゴリアテを見ました。しかし彼は全能の神対巨人と見ることができました。その結果、神の力を体験しました。「いつも主を、私の目の前に置くことができますように。」
Ⅰサムエル 16章
「神からの悪い霊がサウルに臨むたびに、ダビデは立琴を手に取って、ひき、サウルは元気を回復して、良くなり、悪い霊は彼から離れた。」(23節)
ダビデは音楽家でした。彼が作った歌は詩篇に残されています。それらは神への賛美の音楽でした。興味深いことは、サウルが悪い霊に悩まされる時、ダビデの賛美の音楽が悪い霊を追い出したということです。賛美には力があります。悪霊は神への賛美が嫌いで、神への賛美に満ちあふれた場所に悪霊はいることができません。なぜなら神様は、「イスラエルの賛美を住まいとしておられます。」(詩篇22:3)さらに、サウルは賛美の中で「元気を回復」したとあります。口語訳では「気が静まり、良くなって」、新共同訳では「心が安まって気分が良くなり」と訳しています。賛美は私たちに力も与えてくれます。今日は主の日です。主の宮である教会を賛美で満たし、悪霊を追い出し、元気を回復しましょう!