pastoreiji の紹介

キリスト教会の牧師をさせていただいています。アメリカのバイブル・カレッジを卒業。アメリカではカルバリーチャペルというグループの教会で同時通訳の奉仕をさせていただいていました。教会の牧師として14年目の時、サバティカルとして立教大学大学院、キリスト教学研究科で博士課程前期課程をさせていただきました。新約学(パウロ研究)をライフワークとして取り組んでいます。

ホセア 1章

「イスラエル人の数は、海の砂のようになり、量ることも数えることもできなくなる。彼らは、「あなたがたはわたしの民ではない。」と言われた所で、「あなたがたは生ける神の子らだ。」と言われるようになる。」(10節)

ホセアは、紀元前722年の北王国の滅亡の前に、北王国に遣わされた預言者です。彼は遊女と結婚することによって、神の民イスラエルの不誠実さを象徴的に表すという使命をいただきました。今日の箇所で神様は、不誠実なイスラエルの人々に対し、神の恵みを宣言しています。

「それでも、イスラエルが栄え、大きな国民となる時がくる。その日には、海岸の砂浜のように数え切れないほどの人口となる。その時は、彼らに、『おまえたちはわたしの国民ではない』と言わずに、『おまえたちはわたしの息子、生ける神の子供だ』と言おう。」(LB)

神様は、恵み深い神様です。

 

1テモテ 6章

「しかし、神の人よ。あなたは、これらのことを避け、正しさ、敬虔、信仰、愛、忍耐、柔和を熱心に求めなさい。信仰の戦いを勇敢に戦い、永遠のいのちを獲得しなさい。あなたはこのために召され、また、多くの証人たちの前でりっぱな告白をしました。」(11,12節)

パウロにとって信仰生活は決して受動的なものではありませんでした。彼はテモテに、信仰の戦いを勇敢に戦うように言います。確かに、信仰を守っていくためには、戦いがあります。私たちは自分の意志で、信仰を選択していく必要があります。金銭を愛し追い求めていく生活を避ける選択をする必要があります。
「神様を信頼し、人を愛し、忍耐強く、ものやわからかな態度を身につけ」(LB)ることを選択していく必要があります。

「主よ、信仰の戦いを勇敢に戦い抜くことができるように助けてください。」

1テモテ 5章

「同じように、良い行ないは、だれの目にも明らかですが、そうでないばあいでも、いつまでも隠れたままでいることはありません。」(25節)

立派な行いは、言わなくても知れ渡っている場合もありますが、そうでない場合もあります。評価してもらえない、感謝されていないと感じる時もあると言います。イエス様はこう言われました。

「人に見せるために人前で善行をしないように気をつけなさい。そうでないと、天におられるあなたがたの父から、報いが受けられません。」(マタイ6:1)

イエス様は、そもそも人から期待してはいけないと言いました。誰からも感謝されないならば、神様からの報いがあるとまで言いました。いずれにせよ、すべての善行は、隠れたままでいることはないということを心に留める必要があると思います。

「主よ、誰も見ていなくても、良い行いに生きることができますように。」

1テモテ 4章

「年が若いからといって、だれにも軽く見られないようにしなさい。かえって、ことばにも、態度にも、愛にも、信仰にも、純潔にも信者の模範になりなさい。」(12節)

 テモテはまだ若かったために、教会の中のある人たちから軽く見られていました。そんなテモテにパウロは、自分が語るメッセージに生きることによって模範となるように言いました。彼の生き様によって人々に証するように言ったのです。もちろんこれは、あらゆる年齢層にも言えることだと思います。前向き、信仰的な言葉を自分の口から発しているか、また、前向きな態度をしているか、1コリント13章にあるように、愛に生きようとしているか、信仰的、また、誠実に生きようとしているか、私たちは自分自身を吟味することは大切なことだと思います。私たちは自分が語るメッセージに生きる必要があります。

1テモテ 3章

「自分自身の家庭を治めることを知らない人が、どうして神の教会の世話をすることができるでしょう。」(5節)

パウロは、教会の奉仕よりも家庭を優先するように勧めています。家庭を大切に出来る人でなければ、教会を大切にすることはできないというのです。5章ではさらにこう記されています。

「もしも親族、ことに自分の家族を顧みない人がいるなら、その人は信仰を捨てているのであって、不信者よりも悪いのです。」(8節)

家族を顧みることが出来ない人は、「クリスチャンの風上にも置けません。」(LB)というのが、聖書が語っている内容です。そもそも、夫婦関係も親子関係も、献身が求められます。そのように家族に献身することが出来ない人に、教会の働きに献身することは不可能だと言います。神を第一にし、家庭を第二にし、それから奉仕や仕事があるというのが聖書的優先順位です。

「主よ、あなたが家族関係を大切にするように語っているという事実を認識できますように。」

Ⅰテモテ 2章

「そこで、まず初めに、このことを勧めます。すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。」(1節)

 昔から、指導者に対する不満や反発というものは存在します。しかし、聖書は私たちに、指導者たちのために祈る存在となるように勧めます。LBではこう訳しています。

「すべての人のために、神様のあわれみが注がれるよう熱心に祈り、とりなしなさい。そして、やがて彼らにも恵みが与えられると信じて、感謝しなさい。王のため、また権威と重い責任を負っているすべての人のために祈りなさい。それは、主を敬い、主を深く思いながら、平安のうちに落ち着いた一生を過ごすためです。」

指導者たちが正しい決断をすることは、結局はすべての人にとって益となります。

日本の国の首相のため、教会や地域や職場などの指導者たちのため、祈りましょう。

Ⅰテモテ 1章

「私がマケドニヤに出発するとき、あなたにお願いしたように、あなたは、エペソにずっととどまっていて、ある人たちが違った教えを説いたり、果てしのない空想話と系図とに心を奪われたりしないように命じてください。そのようなものは、論議を引き起こすだけで、信仰による神の救いのご計画の実現をもたらすものではありません。」(3,4節)
 
テモテへの手紙は、使徒パウロから若い牧師であるテモテへの個人的な指針の手紙です。その中心的なメッセージは、違った教えを説く偽教師から教会を守るようにということでした。2000年たった今も、キリスト教会と偽教師との戦いは続いています。三位一体も、イエス・キリストの十字架の救いも、聖書の権威も否定する偽教師たちとの戦いは、二一世紀に生きる私たちにも無関係な話ではありません。私たちはしっかりとした聖書信仰に立つ必要があります。空想話ではなく聖書に堅く立つことが大切です。

ダニエル 12章

「あなたは終わりまで歩み、休みに入れ。あなた は時の終わりに、あなたの割り当ての地に立つ。」(13節)

 ダニエルは、

「あなたは自分 の人生を全うし、休みに入るがよい。あなたは生き返り、終わりの時に受けるべき分を完全に受けるようになる。」(LB)

と言われました。私たち一人一人には、全うすべき自分の人生があるというのです。新約聖書の中で使 徒パウロはこのように言います。

「私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。」(Ⅱテ モテ4:7)

新約聖書からこのダニエルの箇所を理解するならば、私たちが自分の人生を全うし、休みに入るためには、私たちはこの人生の旅 路にある様々な戦いの中で信仰のために戦い、信仰を守り通す必要があるということです。ですから聖書は言います。

「神様の用意された特別のコースを、忍耐して走り抜こうではありませんか。」(ヘブル12:1LB)

ダニエル 11章

「この王は、思いのままにふるまい、すべての神よりも自分を高め、大いなるものとし、神の神に向かってあきれ果てるようなことを語り、憤りが終わるまで栄える。定められていることが、なされるからである。」(36節)

 ここで出てくる王とはまさに、この世の終わりに登場する偽キリストのことだと言われています。偽キリストの特徴は、

「どんな神よりも自分は偉いのだと主張して、まことの神様さえも冒涜」(LB)

することです。そしてキリストではなく、自分を拝ませるのです。しかし、

「それも彼の時が終わるまでだ。」(LB)

と聖書は言います。神を恐れずに、自分をあたかも神のようにふるまって、なお栄えているように見えても、それは、長続きはしません。

「神様の計画は揺らぐことがないからだ。」(LB)

と聖書は言います。

まことの神を神と認め、神の主権を認めて生きることが問われます。

ダニエル 10章

「すると、人間のように見える者が、再び私に触れ、私を力づけて、言った。「神に愛されている人よ。恐れるな。安心せよ。強くあれ。強くあれ。」彼が私にこう言ったとき、私は奮い立って言った。「わが主よ。お話しください。あなたは私を力づけてくださいましたから。」」(18,19節)

 ダニエルだけでなく、聖書に出てくる神様が用いた人は皆、モーセもエレミヤもイザヤも、自分はふさわしくないと感じました。しかし神様はいつも、私たちに使命を与えるだけでなく、それを成し遂げることができるように整えてくださるお方です。神様が私たちを整える方法の一つは、私たちにみことばを語ることです。ダニエルは神様のみことばによって、奮い立つことができました。神様は今日、私たちに言われます。

「神様はあなたをだれよりも愛しておられる。だから、恐れるな。気を落ちつけて、しっかりするのだ。」(LB)