使徒 17章

「それは、神を求めさせるためです。もし人が手探りで求めることがあれば、神を見出すこともあるでしょう。確かに、神は私たち一人ひとりから遠く離れてはおられません。」(17:27)

使徒パウロはギリシア哲学の中心地、アテネで論じ合いました。

アテネの人たちの特徴を聖書は次のようにまとめています。

「アテネ人も、そこに滞在する他国人もみな、何か新しいことを話したり聞いたりすることだけで、日を過ごしていた。」(21節)

残念ながら、何か新しいことを話したり、聞いたりすることで日々を費やしているだけならば、神に出会うことはできません。

ですから、パウロは単刀直入に言います。

「もし人が手探りで求めることがあれば、神を見出すこともあるでしょう。」

アテネの人の問題は神を求める思いの欠如でした。

人が必要としているのは、新しい知識ではなく、生ける神です。

新しい知識ではなく、生ける神を求めることこそ、人が最も必要としていることです。

使徒 16章

「さて、祈り場に行く途中のことであった。」(16:16)

ピリピには十分なユダヤ人がいなかったためユダヤ人会堂がなかったということだと思われます。

パウロたちは、祈り場があると思われた川岸に行きました。

そして、祈り場に集まっていた女性たちに福音を語りました。

すると、神を敬う人、リディアが主を信じバプテスマを受けました。

祈り場は神の奇跡の場です。

しかし、パウロたちは、その祈り場に行く途中で問題に巻き込まれてしまいます。

彼らの後をついてきた占いの霊につかれた若い女奴隷から占いの霊を追い出したために、それで金儲けをしていた彼女の主人たちが、パウロたちを捕らえて、むちで打たせて、牢に入れたのです。

しかし、祈り場に行く道は、奇跡への道です。

真夜中、パウロたちが賛美をしていると大きな地震が起こります。

その結果、看守の家族が救われることになります。

祈り場は神の奇跡の場です。

使徒 15章

「そうであるなら、なぜ今あなたがたは、私たちの先祖たちも私たちも負いきれなかったくびきを、あの弟子たちの首に掛けて、神を試みるのですか。私たちは、主イエスの恵みによって救われると信じていますが、あの人たちも同じなのです。」(15:10,11)

使徒十五章はエルサレム会議と呼ばれ、初代教会の分岐点となった出来事です。

ユダヤ民族主義の世界観が打ち破られ、誰でも「主イエスの恵みによって救われる」ということが明示されました。

多くの論争があった後、ペテロは言いました。

「人の心の中をご存じの神様は、ご自分が外国人をも受け入れておられることをわからせようと、私たちと同じように、彼らにも聖霊を与えてくださったのではありませんか。」(8節LB)

神の御業は、人が作り出した教理よりも優先されるべきであると言ったのです。

その後、エルサレム教会の牧師だったヤコブがアモス書を引用し、聖書の御言葉を土台として決定します。

使徒 14章

「それでも、ご自分を証ししないでおられたのではありません。あなたがたに天からの雨と実りの季節を与え、食物と喜びであなたがたの心を満たすなど、恵みを施しておられたのです。」(14:17)

使徒パウロは聖書を知らない異邦人たちに、このように説明しました。

「過去の時代には、神様は、あらゆる国民がそれぞれ自分勝手な道に進むことを許しておられました。といっても、神のことが全然わからなかったわけではありません。神を思い起こさせるものは、いつでも私たちの周囲にあったのです。たとえば、雨を降らせてくださったのも神ですし、食べ物が不足しないようにと、収穫を与えて、喜びに満たしてくださったのも神なのです。」(16,17節LB)

気候変動、食糧危機などのニュースを見るときに、日々の糧があるということは当たり前のことでないことを私たちは知ることができます。

「日々の糧を与えたもう、恵みのみ神はほむべきかな、アーメン」

使徒 13章

「ダビデは、彼の生きた時代に神のみこころに仕えた後、死んで先祖たちの仲間に加えられ、」(13:36)

神は私たち一人一人に目的をもって造られました。

この時代のこの場所に、偶然ではなく、神の遠大な計画の中で誕生しました。

誰よりも神ご自身が願われたから、私たちは今、この時代のこの場所に生きています。

ダビデは彼の世代における神のみこころ、神の目的に熱心に仕えたと聖書は言います。

使徒パウロも神の目的に生きました。

だから、死を前にしてはっきりと言いました。

「私が世を去る時が来ました。私は勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。あとは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。その日には、正しいさばき主である主が、それを私に授けてくださいます。私だけでなく、主の現れを慕い求めている人には、だれにでも授けてくださるのです。」(4:6-8)

今日は主の日。共に主に礼拝を捧げ、主のみこころに生きましょう。

使徒 12章

「こうしてペテロは牢に閉じ込められていたが、教会は彼のために、熱心な祈りを神にささげていた。」(12:5)

初代教会のリーダーの一人ヤコブが殺され、もう一人のリーダーペテロも逮捕されました。

教会は、有力者に頼ることも、お金に頼ることもできませんでした。

権力も、政治力もありませんでした。

何も出来ないもどかしい状況の中、教会は熱心に祈り続けました。

そして、神は彼らの熱心な祈りを用いて奇跡を起こされました。

教会は祈りの共同体です。

祈りなくして、教会はありません。

「熱心」と訳された単語は、「たゆまず、根気よく、切に」という意味もあります。

私たちは人にはできないことも、神にできないことはないと信じ、祈り続ける姿勢が求められています。

イギリス、ウェストミンスターチャペルの著名な牧師だったロイドジョンズはこんな名言を残しています。

祈祷会は教会の発電所(powerhouse)、教会の生命を計る温度計である

使徒 11章

「ですから、神が、私たちが主イエス・キリストを信じたときに私たちに下さったのと同じ賜物を、彼らにもお授けになったのなら、どうして私などが、神がなさることを妨げることができるでしょうか。」人々はこれを聞いて沈黙した。」(11:17,18)

私たちは自分たちが理解できる範囲内に神がなさることを限定しないように気をつける必要があります。

初代教会の指導者であったペテロが、

「私のような者が、どうして神のなさることを邪魔することができたでしょうか。」(協会共同訳)

と言ったように、謙遜さが求められます。

少なくとも、

「人々はこれを聞いて沈黙した。」

とあるように、簡単に批判したり、非難せず、沈黙する姿勢が求められます。

ここからキリスト教会は世界へと広がっていきます。

「弟子たちは、アンティオキアで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。」(26節)

とあるように、ここから「クリスチャン」と呼ばれるようになります。

使徒 10章

「それで、私はすぐにあなたのところに人を送ったのです。ようこそおいでくださいました。今、私たちはみな、主があなたにお命じになったすべてのことを伺おうとして、神の御前に出ております。」(10:33)

コルネウスがペテロに送ったしもべたちは、コルネウスをこのように紹介しました。

「正しい人で、神を恐れ、ユダヤの民全体に評判が良い百人隊長」(22節)

コルネウスが実際どんな人物であったかは、彼の態度からもよくわかります。

「コルネリウスは、親族や親しい友人たちを呼び集めて、彼らを待っていた。」(24節)

コルネリウスは使徒ペテロが語るメッセージを聴く準備ができていました。

だから言いました。

「今、私たちはみな、主があなたにお命じになったすべてのことを伺おうとして、神の御前に出ております。」

毎週の日曜日の主日礼拝を、コルネリウスのような姿勢をもつことができますように。

使徒 9章

「そこでアナニアは出かけて行って、その家に入り、サウロの上に手を置いて言った。「兄弟サウロ。あなたが来る途中であなたに現れた主イエスが、私を遣わされました。あなたが再び見えるようになり、聖霊に満たされるためです。」」(9:17)

サウロはパウロの別名で、この箇所はパウロの回心の箇所として有名です。

もっともパウロの場合は別の宗教に回心したということではありません。

パウロは自分が信じていたユダヤ人の神がイエス・キリストであることが分かったということです。

興味深いことはそんなパウロが立ち上がるために、アナニアという一人の信仰者が用いられたという事実です。

神は私たちを用いて人々が立ち上がることができるようにしたいと願っているということです。

私たちも手を置いて誰かのために祈るように遣わされています。

使徒 8章

「ピリポは口を開き、この聖句から始めてイエスのことを彼に宣べ伝えた。」(8:35)

導かれた人々との出会いの中でキリスト者としての役割を果たすことの大切さを感じる御言葉です。

いつでも語る準備をしておくこと、神の導きに応答することは少しハードルが高く感じるかもしれません。

しかし今日出会う人が、人生で今日しか会うことのない人だと考える時、その機会はとても貴重です。

ピリポの人生においてこのエチオピアの宦官と話をしたのは恐らくこのときだけだったのではと思います。

今日私たちが出会う人もそうではないかと思います。

もし聖霊に「今この人に語りなさい」と促された時の為に、御言葉を蓄えておくことをお勧めします。

そのなかから語るべき言葉が導かれることをこれまで何度となく体験してきましたから。