詩篇119:41-48

「主よ。あなたの恵みが私にもたらされますように。あなたの救いがみことばのとおりに。」(119:41)

「ワウ」(ו)から始まるアルファベットの詩。
ヘブル語には、「ウェ」という接続詞(そして、と、しかし、それなら)の他に「ワウ」で始まる単語が存在しません。それで、この段落の全節が接続詞「ウェ」で始まっています。ですから、41節をこう訳すこともできます。

「そして、あなたの信実の愛(へセド)が私に来ますように。主よ。あなたの救いが。あなたがおっしゃられたように。」

メッセージ訳はこう訳しています。

「神よ、あなたの愛が私の人生を形造りますように、救いと共に。ちょうどあなたが約束されたように。」

接続詞の前がどんな状況であっても、神のみことばは神の信実な愛が必ず私たちの人生に来て、私たちの人生を形造ることを約束しています。

箴言25:1-10

「銀から金かすを除け。そうすれば細工人に、良い器ができあがる。王の前から悪しき者を除け。そうすれば、王座は義によって堅く据えられる。」(25:4,5)

二五章から二九章まではソロモンの箴言と呼ばれます。というのも一節にこう記されているからです。「次に挙げるソロモン王の教訓は、ユダのヒゼキヤ王に仕えた人々が見つけ、書き写したものです。」(LB)
今日の箇所は、私たちの人生から正しくないものを取り除くように勧めています。
1.ずうずうしい態度を取らないこと。(六、七節)謙遜の勧め。
2.よく考えもせずに結論を出さないこと。(八節)
3.信頼を裏切らないこと。(九、十節)

詩篇119:33-40

「私にあなたの仰せの道を踏み行かせてください。私はその道を喜んでいますから。」(119:35)

「へー」(ה)から始まるアルファベットの詩。
四十節以外は、ヒフィルという動詞の語幹の命令形。ヘブル語の命令形は、神に向けられる場合は、祈りを表します。詩人の祈りは、神の御言葉に生きることです。

「主よ。あなたのおきての道を教えてください。そうすれば私はそれを終わりまで守ります。」(1節)

詩人は、神のみことばに生きる事が容易いことではない事を知っていました。誘惑や葛藤がある事を知っていました。

「不正な利益を求める事なく、従順の道を選び取らせてください。あなたのご計画以外のものに目を奪われることがないようにしてください。私の心を奮い立たせ、ひたすらあなたを慕わせてください。」(36,37節LB)

神の御言葉は喜びです。

詩篇119:25-32

「私はあなたの仰せの道を走ります。あなたが私の心を広くしてくださるからです。」(119:32)

「ダレト」(ד)から始まるアルファベットの詩。
「デレク(דֶּֽרֶךְ)」(道)という単語から始まる節が五節(26,27,29,30,32)あります。日本語で「道」という言葉にいろいろな意味があるようにヘブル語の「道」にもいろいろな意味が含まれます。振る舞いや、生き方も意味します。キリスト教も「道」(使徒九・二、十九・九参照)と呼ばれていました。イエス様もご自身を定冠詞の付いた「道」と呼ばれました。ですから、まず何よりもイエス様に従って歩むことが「あなたの仰せの道を走ります」ということになります。そのためには、詩人のように正直に祈る必要があります。

「あなたのお心に従いたいと思うように助けてください。そうすれば私は、あなたのおきてにさらに情熱を傾けることができるでしょう。」(32節LB)

詩篇119:17-24

「私は地では旅人です。あなたの仰せを私に隠さないでください。」(119:19)

「ギメル」(ג)から始まるアルファベットの詩。
「この地上に寄留する間、畏れを持って生活しなさい」(1ペテロ一・十七協会共同訳)とあるように、私たちはこの地上を寄留者として過ごすように聖書は言います。この地上で、神の国の民として生きることは時として「そしりと蔑み」(二二節)を体験します。しかし、信仰の人たちは、「地上では旅人であり、寄留者であることを告白していました。」(ヘブル十一・十三)ですから詩人は言います。「私はこの地上では旅人です。あなたの命令が私の地図であり、道案内なのです。」(十九節LB)この地上で生きていくために、私たちは日々聖書を開き祈る必要があります。「私の目を開いて、おことばの中に隠されている、すばらしい祝福を見させてください。」(十八節LB)

箴言24:23-34

「これらも、知恵のある者たちによる。」(24:23)

神は私たちの教会生活だけでなく、日常生活にも気にかけておられます。箴言に実践的な知恵が記されているのは、その事を私たちに教えるためです。ここではさらに知恵の言葉が綴られます。
1.偏見はよくない。(23節)公正な判断をする者に「すばらしい祝福が臨む。」(25節)
2.正直に答える。(26節)
3.誠実に生きる。(28節)
4.抑制する。(29節)「やられたらやり返す」と言わない。
5.一生懸命働く。(33,34節)
「『もうちょっと眠り、もうちょっと昼寝し、もうちょっと休もう。』こんな生活をしていると、どんどん貧しくなり、どうにもならなくなるということです。」(LB)

今日は主の日。共に、主に礼拝を捧げましょう。

詩篇119:9-16

「私は心を尽くしてあなたを求めています。どうかあなたの仰せから私が迷い出ないようにしてください。」(119:10)

9節からは、ベット(ב)から始まるアルファベットの詩です。

メッセージ訳では9,10節をこう訳しています。

「若い人はどうやってきよい人生を生きることができるか。注意深く、あなたの御言葉の地図を読むことによって。私はひたむきにあなたを追求します。あなたが置いた標識を見逃さないようにしてください。」

神は私たちの人生に様々な標識を置いてくださっています。若者だけでなく、何歳になっても、神の標識を見逃さないようにするためには、神の御言葉を地図のように読む必要があります。

詩篇119:1-8

「幸いなことよ。主のさとしを守り、心を尽くして主を求める人々。」(119:2)

詩篇の中で最も長い詩篇119篇は八節からなら段落ごとに、全ての節が同じアルファベットから始まります。そして、アルファベット順になっています。ヘブル語のアルファベットが二二文字なので、22×8で176節になります。

最初はアレフ(א)です。

「幸いなことよ」(アシュレー)という始まりは詩篇一篇と同じですが、神によって啓示された道を歩見続けることが祝福であることが告げられます。祝福された人生を歩むためには、神の御言葉が必要です。それは、主ご自身を尋ね求めること(2節)、感謝すること(7節)でもあります。神の御言葉が主ご自身を尋ね求めるようにさせないならば、何かが間違っています。

詩篇118:17-29

「これは主が設けられた日。この日を楽しみ喜ぼう。」(118:24)

今日という日は、主が造られた日であり、今日という日を楽しみ、喜ぶように主は言われます。今日という日を感謝し、今日という日を生きること、それが神のみこころです。「設けられた」と訳された単語は「造られた」と訳すこともできますが、「行われた」と訳すこともできます。神は「今日」という日に御業を行われるお方です。

「家を建てる者たちが捨てた石それが要の石となった。これは主がなさったこと。私たちの目には不思議なことだ。」(22,23節)

人々が不必要と忌避し、棄てられたキリストが新しい時代の礎となりました。「不思議」(二フラー)とは歴史において実現した神の驚くべき御業を言います。私たちは神の「不思議」を通して、絶望を希望に変えてくださる神、人間には不可能に見えても、神にできないことはないという信仰が与えられます。

箴言24:15-22

「正しい人は七度倒れても、また起き上がり、悪しき者はわざわいでつまずくからだ。」(24:16)

三〇の知恵の二七番から三〇番まで。

二七.正しい人に手出しをしてはいけない。正しい人は何度倒れても、起き上がる。(十五、十六節)

二八.敵の不幸を喜んではいけない。主が心を痛め、罰するのをやめるかもしれない。(十七、十八節)

二九.悪者のように成功したいと願ってはいけない。悪者に将来はないから。(十九、二〇節)

三〇.神を恐れ、指導者たちに敬意を持つこと。過激になり、反抗的にならない。警告なしに何が起こるか分からないから。(二一、二二節)