読谷村での思い出

今回で5度目の沖縄訪問となりましたが、どんなにスケジュールがタイトでも必ず訪問しているのは沖縄中部読谷村にあるやちむんの里です。すでにセミが鳴き、強い日差しの中北窯という工房にお邪魔し、1800度にもなるという焼き物の窯を見学させていただきました。最初にリラメンバーで訪問した時には赤ちゃんだった大将の息子さんが後継ぎとして立派に成長している姿に驚き、時間の経過を感じるとともに「続けること」の大切さを改めて教えられました。ろくろを回しているスタッフの方にいろいろと質問をしてみました。「作っている最中に指紋がついてしまうことはありませんか?」と尋ねると、「目には見えないかもしれないけどついていると思います。」とのこと。主は陶器師で私たちはその手にある粘土だと聖書は語っていますが、陶器師がどれほど神経を使い、作品を作っているかを見る時に神様の思いを感じることができるのです。23年前にここで賛美した『空』を思い出しながら、23歳になった息子さんのつくったカップを購入しました。(小山晶子牧師夫人)

アウェーな感じ

沖縄での数回のコンサートを控え、中部北谷にある宿泊施設に滞在しています。海に面したかなり大きな施設なのですが、宿泊客のほとんどがアジア系の外国の方々。エレベーターでも食堂でも日本語が聞こえてきません。まるで外国に来たかのようで少々戸惑っています。そんな中先ほど朝食帰りにエレベーターに乗ったところ、スーパーマンの格好をした2歳くらいの男の子とお母さんと一緒になりました。その子の格好があまりにも似合ってたので思わず日本語で「スパーマン、かっこいいね!」と声を掛けたらお母さんに「うわー、日本人の方に会えてホッとします!ここ、アウェー感半端ないですよね!」と感激されてしまいました。そのときふと、思いました。天国ではこういう状況はいやだな、と。言葉が通じないと言うことはないと思いますが、「天国で久しぶりに日本の方に会いました!」なんて言われたら悲しすぎます。そんなことにならないように、イエス様を伝えてきます。与えられた使命を全うできるように祈り、支えていただければ幸いです。 (小山晶子牧師夫人)

おかあさん、ありがとう。

お母さんがいない人は、この世に一人もいません。全ての人にお母さんがいて、私たちは今ここに存在しています。今日は母の日。もうこの地上にお母さんがいないという方はたくさんおられると思いますが、命をかけてこの世に私たちを生み出してくださった「おかあさん」に感謝することはできると思います。
昨日次男が十七歳の誕生日を迎えました。母親としては次男が神様の導きを求め、御心の真ん中を歩む人生であるようにと願ってやみません。イエス様とおかあさんのマリヤとのやり取りは、聖書の中にいくつも出てきます。十二歳のイエス様が行方不明になった時、カナの婚礼の時、イエス様を連れ戻そうとした時、イエス様が十字架にかかられた時も。マリヤは息子でありメシヤであるイエス様のことをどのような思いで見守ってきたのかな?と思うことがあります。お母さんは子どもの幸せを願うもの。人間的に見ればマリヤは悲劇の母、ということでしょう。でもどのような困難も痛みも共に乗り越えた幸いな人生だったとも思うのです。(小山晶子牧師夫人)

福井は遠かった。

先週福井で行われた単ペン大会に参加してきました。人生で初めての福井県。めっちゃ遠かったです。実は昨日午前2時ごろに教会に到着したのでまだ少しぼんやりしていますが、同じフェローシップの兄弟姉妹との再会やまじわりのひと時はとても楽しく、励まされる3日間となりました。来年はいよいよイーストの担当となります。こんなに遠くから時間とお金と労力をかけて兄弟姉妹が集まってくださるのですから、受け入れる側も心を込めてお迎えできればと思います。講師の先生のお話も分かりやすくて少しづつ皆様にもお分かちできればと思っていますが一つ最も印象に残った言葉があります。それは「キリストを証することを忘れてしまうとクリスチャンとしての成長が止まってしまう。」 というものです。教会が生き生きと成長するためには聖霊様の導きが大切ですが、他にも様々な私たちが担うべき要素があることを今回特に考えさせられています。この教会が神様の導きに従い大胆な信仰をもって前進していくことができますように。  (小山晶子牧師夫人)

リラ新CD発売!

リラ通算10枚目となる新しいアルバムCDが完成しました。帯には『グループ結成から25年。その歩みを振り返り、もう一度メンバー一人一人の思いを込めて今なお歌い継がれている初期の楽曲を中心に全曲再収録した記念アルバム』ひえー!25年!!びっくりです。そんなに時間がたったなんて。今回、最初期の曲を録り直す中で何度も泣きそうになりました。苦しかった時、孤独だと思っていた時、居場所がないと感じていた時、イエス様はいつもともにいてくださったことを改めて感じたからです。『この道は一つ』という私自身大好きな曲も収録されているのですが、あの頃の私と同じ歳になった息子がバイオリンでこの曲をCDの中で奏でていることが何とも不思議な感覚で、聴きながら泣けてきてしまいました。神様の変わらない真実の愛の中で私たちが生かされていて、主に信頼する者は決して失望させられることがないことをこのアルバムを通して多くの方々に感じていただけることを祈っています。栄光在主。(小山晶子牧師婦人)

たらこについての微考察

わたしはたらこが大好きです。
もともと両親が九州出身ということもあり、辛子明太子が親せきから送られてくることも多かったので普通よりは魚卵が食卓に上る回数が多かったのではと思うのですが、炊き立てのご飯とたらこがあれば他は何もいらないと思うほど好きです。昨晩、そんなたらこを白米にのせて食べながらふと思いました。最初にたらこを塩漬けにしようと思ったのは誰なんだろう?魚卵は世界中に様々な保存方法を発展させて食されています。調べたところ、日本では江戸時代前期にはたらこに酢をかけて食していたとのこと。とにもかくにも先人たちに感謝です。神様から豊かな知恵と食への欲求を与えられ、今日のさまざまな料理があるのですね。私たちを喜ばせ、楽しませてくださる神様に与えられた今日という日を喜びと感謝をもって過ごしていきたいものです。
(小山晶子牧師婦人)

寒い

冬は夏より好きです。汗をかかなくていいし、空気がピンと澄んでいて富士山がきれいに見えるし、星もよく見えるし、乾燥していてくせ毛が落ち着いてくれるから。亀のジェニーは、以前水が凍りついてひやっとしたことがあったので家の中で冬を越すことになり、冬眠せずに元気に過ごしています。猫たちは人間のためにつけてあるホットカーペットの上で毛づくろいをしたり、ゴロゴロしたりして猫らしく過ごしています。
先週御殿場で新年聖会が行われ、シャロームから三人の新成人が参加し、祝福を祈っていただきました。これからの歩みは春のような時期、冬の寒さのような厳しい時期もあると思いますが、そのような中でも神様の恵みは絶えず注がれていて、その厳しさの中でしか見ることのできない景色を体験し、味わってもらえたらと願っています。
(小山晶子牧師婦人)

まどわしの光?

数週間前、教会に一番近い街灯の修繕が行われました。もう半年近く前になりますが、真夜中に交通事故があり(とはいっても自損事故なのですが)街灯がついているポールがぐにゃりと曲がってしまい、全てが撤去されていたのです。この場所で事故があるのはその時で私たちが知っているだけでも3回目。いつも同じような状況で事故が起こるので不思議に思っていました。日頃コンビニの明かりや信号の明かりがまぶしくてこの場所に街灯がなくなったことを喜んでいたのですが、修繕によって更に明るい夜が戻ってきていました。ところが街灯が修繕されてほんの数日で、また同じ場所で真夜中事故が起こったのです。撤去されていた時には一度も起こらなかったのに。事故を引き起こす惑わしの光。私たちもそんなふうにならないよう真理の光に目を向けていきましょう。(小山晶子牧師婦人)

宿題、そして祝大

デイリーデボーションは創世記から黙示録までの旅を一日一章、五周してきました。当初は、聖書を共に読み、その読んだ箇所から主日のメッセージを語ると言うスタイルでした。2018年を迎えるにあたって、聖書のみことばをさらに味わうことができるように、新約聖書を一年で読み終わることができる聖書日課に共に挑戦していきたいと願っています。主日のメッセージもその読んだ箇所の中から基本的には語らせていただきたいと願っています。大和カルバリーチャペルの大川先生は、「宿題の箇所から」という表現をされています。もっとも聖書日課の「宿題」は、祝福が大きい「祝大」だと言います。新しい年、祝福が大きい新約聖書通読の「祝大」(宿題)に共に挑戦していきたいと思います!

スカイツリー

先週金曜日、所用で葛飾まで車で行くことになりました。その場所にはこれまでも何度か行ったことがあり、道順もさほど難しいわけでもありません。ところが、師走のせいでしょうか、トラックの数が非常に多いうえにあちこちで事故も発生し、ナビがいつもとは違う都内を通る恐ろしい道へ誘導しようとするのです。唯一の道しるべは葛飾にほど近い場所にある東京スカイツリー。

「大丈夫、スカイツリーが見えてるから。」

「大丈夫。スカイツリーが近づいてきたから。」

幾度となく確認しつつ、無事目的地にたどり着くことができました。何度もスカイツリーに目をやりながら思いました。イエス様から目を離さないってこういうことなんじゃないか。そこに向かうプロセスには不安や恐れ、事故、渋滞などがあるのですが、イエス様を見失わなければ必ず約束の場所へ到着することができるんだということを。イエス様が見えているかを常に確認しつつ今週も歩んでいきましょう。  (小山晶子牧師婦人)