母の日に寄せて

先週次男が16歳の誕生日を迎えました。祈祷会の日だったのですが、昨年の肺炎になったことなど一連のことを思い出し、神様がここまで次男を守り育ててくださったことに感謝を捧げました。そんな次男と話をしていた時、出産にかかった時間のことに話が及びました。長男の時は難産で3日間かかったことを話すと「俺は?」と聞くので「あなたは夜9時に陣痛が始まって朝6時には生まれたねえ」というと「俺ってそのころから手のかからないことどもだったんだね。」と言います。おいおい。手はものすごくかかってるよ、、、特に反抗期はとても大変だったんだぞ。と言いたいのをぐっとこらえました。でも最近よく考えるんです。あとどれくらいこの子たちと一緒に過ごせるかな。話をしたり、ご飯を食べたりする時間はあとどれくらいあるのかな、と。長男も今度の誕生日で二十歳。大人への日々が確実に進んでいます。親としての役割も年代に合わせて変化していきます。ますます神様からの知恵をいただきながら息子たちと向き合っていきたいと思う日々です。 (小山晶子牧師夫人)

後悔

イースターおめでとうございます。イエス様の復活を思いめぐらすたびに、私の心に湧き上がる後悔。それは24年の月日が流れてもなお、繰り返し繰り返し、心に迫ってきます。
エルサレム滞在が残り数日に迫ったあの日。最後のエルサレムウオークで園の墓に行くことになりました。考古学の学びの中で、「園の墓は聖書におけるイエスの十字架の死と復活の描写から見れば一番それっぽく見えるものだが実際には聖墳墓教会がイエスが葬られた場所としての信ぴょう性は高い。」と聞いていましたので史実でない場所は行かなくてもいいやと思い、せっかくの機会を放棄して旧市街の散策に出かけてしまったのです。聖墳墓教会がぎらぎらに飾られて正直うんざりするほどだったので(いわれのある場所はたいていそんな感じ。日本のお寺に酷似している。)。でも園の墓に行った人たちは口々に「行ってよかった!」と。ここにはおられません、よみがえられたのです、と書いてある板に感激していました。人生選択ですね。かくして私の後悔は続くのです。  (小山晶子牧師夫人)

入学式

4月に入り、いよいよ新しいスタート。進級したり、進学したり、就職したりと皆さんの周りでも様々な変化があったのではないでしょうか。祈りつつ送り出す、我が家もそんな日々を過ごしています。さて、先日次男の高校の入学式に出席してきました。次男は2組なのですが、1組に「こやましおん」という名前の女の子がいて驚きました。「こやま」と呼んでも「しおん」と呼んでもどちらが呼ばれたかわかりません。こんなこと初めてでその子の顔を見てみたくなりましたがあいにく前方に正面を向いて座っていたため後姿しかわかりませんでした。先生方はどう区別するのかとちょっと気になります。そう考えると、神様が私たちの名前を呼ぶということは、単に名前を呼ぶ、というだけではないのですね。存在を呼ぶということはその人自身を呼ぶ、ということ。つまり神様の前に同じ「名前」は存在しない、ということだと思います。2組にも「しおん」という名前の女の子もいるのです。さあ、大変。次男の高校生活の名前にまつわる混乱は続くかもしれません。 (小山晶子牧師婦人)

ラナンキュラス

新年度の教会学校教材購入のため先週横浜ライフセンターに行ってきました。最近心が沈む出来事が続き、気が滅入っていたので、ちょっと気分を明るくしたいと思い大好きなラナンキュラスという花をライフセンター隣の花の問屋さんで購入し、さっそく我が家に飾ることにしました。色は濃いピンクとさわやかな白。つぼみもかなりついていたのでしばらく楽しめそうです。従妹が青山フラワーに務めているのですが、一度会った折にもらった、一輪のラナンキュラスが見事に開いていく様に感動し、それ以来この花が大好きになりました。神様が創られた自然の素晴らしさにしばし見とれ、パッと華やいだ部屋の様子に大満足。しばらくしてその部屋に戻ると、ジョシュ(うちのねこ)がむしゃむしゃと食べていました、、、。被害を免れたラナンキュラスを教会のあちこちに飾りましたので、是非愛でてやってくださいませ。今週は満開の桜も見られそうですね。春の訪れ、新しい門出に相応しい明るく、希望に満ちた日々でありますようにと祈りを込めて。
(小山晶子牧師夫人)

カリフラワー

イスラエル大使館のホームページにあちらでよく食されている前菜のレシピが紹介されていました。すべて野菜料理なのですが中でも目を引いたのがカリフラワーを丸々一個使った前菜。ちょうどブロッコリーやカリフラワーが手ごろな値段で登場してきた時期とも重なり、さっそく作ってみることにしました。

まず、カリフラワーを洗って丸ごと塩ゆでします。固めにゆでるのがポイント。茹で上がったら、パプリカパウダー、ガーリックパウダー、塩コショウ、オリーブオイルをしっかりすりこみます。その後180度に熱したオーブンで30分焼けば完成。『今日はイスラエル料理を作ったんだ』と家族に言いふらし、オーブンから取り出したアツアツの、おいしそうな焦げ目のついたカリフラワーを食べてみました。感想ですか?焼いて焦げ目のついた塩味のカリフラワーの味です。カリフラワー以上でも以下でもない味。何のためにオーブンで30分も焼いたんだろう…。かくしてわたしのイスラエルへの想いはますます深まるのでありました。  (小山晶子牧師夫人)

そして、六年。

あの日から六年の月日が流れました。
2553人がいまだ行方不明という現実。亡くなった方は15000人以上。その一人一人に家族がいて、友達がいて、かかわりのあった人々がいて。それでも前に進んでいくしかない心の苦しさと痛みは、計り知れません。原発事故の直後にトモダチ作戦として米軍が救助に当たってくれましたが、そのうちの400人以上に被爆の可能性があり、うち8名が白血病ですでに亡くなったというニュースを読みました。事実かどうかは科学的な検証が必要ですが、国民の知らないところで恐ろしいメルトダウンが起こっていたことは事実です。福島から避難してきた子供が横浜市の小学校でいじめを受けていたことを知り、横浜市民として本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。新實伝道師が被災地で様々な活動を行ってくれています。ゴスペル、キャンプ、絵画教室、クリスマス会。私たちは直接行くことができないならばせめて、新實伝道師の働きを祈って、支えていきたいと思います。
「揺れ動く地に立ちて なお十字架は輝けり」

(小山晶子牧師夫人)

十周年記念

その現場は仕事帰りの急な坂道を下りきったところにあります。次男は今年16歳になりますが、6歳のある日、その場所で死にかけました。ブレーキの利かない自転車で勢いよくその坂道を下り、ガードレールに激突して地面に叩きつけられたのです。ちょうどその場面を目の当たりにしたドライバーの男性は「正直、死んでしまったのではと思いました。」というほど。救急車の中で意識を失い、傷だらけになった次男の姿を今でも忘れることができません。久しぶりにその場所を家族で通りました。生きててよかったね、と声をかけると次男は「10周年だ」とぼそっとつぶやいたのです。あれから何となく、次男が自転車に乗るのが怖くて少し(かなり?)過保護になってしまいましたが、この春からは我が家から6キロ離れた海抜55メートルの場所にある高校に自転車で通うことになりました。シャロームに集う若者たちそれぞれ、進級、進学、就職と人生の新たなスタートを迎える季節となりました。これからも祈りに覚えていただき、励ましていただければ幸いです。(小山晶子牧師夫人)

リラのストアライブ

先ほど無事新宿のオアシスでのストアライブを終えることができました。思った以上に人が沢山来てくださって、しかも物凄く近い距離だったのでとても緊張しました。ライブ中メンバーがこの20年以上になる活動を振り返って話をしていたので、賛美しながら、ここまでの歩みを改めて思い起こしました。神様、この場所で私たちが大勢の人々を前に賛美をすることなど、誰が想像したでしょう、と。私たちの未来は、私たちが決めているようで実は全くそうではないのですね。神様が導く、当時には全く想像もできなかった未来の自分を、過去の自分が見つめているような不思議な感覚に包まれました。その過去の自分のそばに、イエス様が共に立っておられるような感覚は、これからも折に触れ思い出すでしょう。これまで共に歩んでくださった主に、これからも従っていくことができますように。そんな祈りを持ってこのライブを行うことができたことを感謝します。お祈りして頂きありがとうございました。

主の栄光だけが光輝きますように!
(小山晶子牧師夫人)

歩きたくなる最近

厳しい寒さから一転、先週金曜日は春一番が吹き荒れ、薄手のコートで十分過ごせる暖かい一日でした。肩をすくめて歩かなくていい気温にほっとした方も多かったのではないでしょうか。わたしもデイからの帰り道、ゆっくり歩いて帰りたくなりました。夕日がちょうど沈むころに帰路に就いたのですが、見事なオレンジと空色のグラデーションに目を奪われました。空は少しずつ表情が変わってゆき、家に着くころにはすっかり日が落ちていました。でもそんな空を星がキラキラと瞬くまで眺めながらの道のりは、何とも言えない幸せな時間でもありました。次男の受験やそのほかいろいろなことに心が落ち着かない日々でしたが、神様の創られた素晴らしい作品はただそれを見つめるだけでわたしを励ましてくれていました。皆さんは毎日の生活で疲れていませんか。御言葉を読む気力がない、と嘆いていませんか。そんなときはただ神様の創造の中に身を置き、味わい、見つめることができますように。今週も神様の恵みの中を歩むことができる幸いを感謝します。  (小山晶子牧師夫人)

〝「禁断」の豚骨イスラエル魅了〟

ちょっと長いタイトルですが、これ、今月23日の朝日新聞夕刊の一面記事の見出しです。非常においしそうな二種類のラーメンも掲載され、宗教的にはタブーでも、それを気にしない世俗派のイスラエル人に大人気!という内容でした。ユダヤ教もイスラム教も豚肉を食すことは禁止していますから、鶏がらスープのラーメンでなく豚骨スープのラーメンがイスラエルに上陸したことにとても驚きました。
イスラエルの地から見れば地の果てにある日本に住む私たちにまでイエス・キリストの福音が届けられ、キリストを信じる者たちが集い、礼拝を捧げていることに神様の御業の素晴らしさを感じます。このイスラエル人のラーメン屋店主は日本で豚骨ラーメンを食べ「味と香りに一瞬で恋に落ちた。本物のラーメンを食べてもらいたい」と語っていました。素晴らしいものをどうにかして伝えたい。その思いはきっと初代教会の人も同じだったのだと思います。命をかけてイエス様の福音を伝えてくださった信仰の先輩に感謝しつつ。(小山晶子牧師夫人)