2列王記 10:1-11:21

「しかし、エフーは、心を尽くしてイスラエルの神、主の律法に歩もうと心がけず、イスラエルに罪を犯させたヤロブアムの罪から離れなかった。」(10:31)

エフーはイスラエルの国における宗教改革を徹底的に行った人物だと考えられていました。彼はイスラエルにバアル宗教を導入したイゼベルをはじめ、バアル礼拝者を一掃しました。しかし、聖書は言います。

「しかしエフーは、真心からイスラエルの神、主に従おうとはしませんでした。」(LB)

エフーは確かに神に従って、イスラエルの中にあった悪を一掃しました。しかしチャック・スミス師は、エフーはこれらを政治的な動機でしていただけで、霊的な動機ではなかったと指摘します。エフーの動機は、神に対する畏れではなかったと言うのです。今も昔も、宗教戦争という名目で利権の戦争が世界中で起こっています。私たちは表面的な部分で判断しないように気をつける必要があります。神は心を見ます。

2列王記 8:16-9:37

「ヨラムはエフーを見ると、「エフー。元気か。」と尋ねた。エフーは答えた。「何が元気か。あなたの母イゼベルの姦淫と呪術とが盛んに行なわれているかぎり。」」(9:22)

「元気か?」と訳された言葉の原語は「シャローム」。あいさつのことばですが、「平和、平穏無事」という意味があります。ですからエフーは「何が元気か!」ではなく「何が平和か!」と言いました。F・B・マイアーは、こんなことを言っています。

「イゼベル的な不貞や色香をゆるすかぎり、真の平和はありえません。イゼベルはその奸計と容色とをもって虚飾の世界に君臨しました。けれども、その魅力がいかなるものであろうとも、真の平和が来る前には、それは吹き飛ばされなければなりません。」

神に油注がれたエフーによってイゼベルがつくりあげた偽りの平和は吹き飛ばされました。そして今、平和の君、イエス・キリストの十字架によって本物の平和はもたらされます。

2列王記 6:24-8:15

「私たちはどうして死ぬまでここにすわっていなければならないのだろうか。」(7:3)

キリスト者の必読書、スポルジョンの『朝ごとに夕ごとに』にこう書いてあります。

「愛する友よ。この書は主として信者への教訓として書かれたものだが、もしあなたが救われていないならば、私は心からあなたに同情し、あなたの祝福になることを語りたいと思う。聖書を開いて、らい病人の物語(Ⅱ列王記7章)を読んでいただきたい。なんと彼らの状態はあなたのそれと似ていることか。もしあなたが現在の所にとどまっているならば、あなたは滅びなければならない。…不機嫌に失望の色を浮かべじっと座っていても、破滅が来た時、だれもあなたを顧みるわけではない。…しかし、主の側に立って、主を求めるならば、あなたは主を必ず見いだすということを私は保証したい。イエスはご自分のもとに来た者を捨てられたことがない。」

イエス・キリストの中に希望があります。

2列王記 4:38-6:23

「そこで、ナアマンは下って行き、神の人の言ったとおりに、ヨルダン川に七たび身を浸した。すると彼のからだは元どおりになって、幼子のからだのようになり、きよくなった。」(5:14)

ナアマン将軍は、ツァラアトに冒されていました。(「ツァラアト」は、二版では「らい病」と訳していましたが、「ハンセン氏病」など、特定の病名と結び付けられないことから三版からヘブル語表記となりました。)彼は自分の病気をいやしてもらうためにわざわざエリシャのもとに来たのに、エリシャが出て来てあいさつもせず、ただヨルダン川に七たび身を浸すように言ったことに腹を立てました。しかし、部下の進言に耳を傾け、エリシャが言ったとおりに実行しました。その時、いやしを体験しました。どんなに納得できなくても、「神の人の言ったとおりに」、現代の私たちに適用するなら、聖書のみことばとおりという姿勢が、人生に奇跡をもたらします。

2列王記 3:1-4:37

「しかし、今、立琴をひく者をここに連れて来てください。」立琴をひく者が立琴をひき鳴らすと、主の手がエリシャの上に下り、」(3:15)

エリシャはイスラエル、ユダ、エドムの求めに応じて神からの預言をするために、立琴をひく者を呼んで、立て琴をひき鳴らす中で主の手がエリシャの上に下り、語りはじめました。聖書を見ますと音楽と神の油注ぎが切り離すことができない関係にあることを見ます。祈りの時に、賛美の音楽を奏でることに意味があります。教会において、礼拝音楽はとても重要な位置にあります。賛美の中で私たちの心は神のことばを聞く心に整えられ、私たちの人生の中における聖霊様の働きに心の扉を開くことができるからです。聖書にこう書いてあります。

「御霊に満たされなさい。詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。」(エペソ5:18,19)