「しかし、彼らは神に向かって言う。「私たちから離れよ。私たちは、あなたの道を知りたくない。全能者が何者なので、私たちは彼に仕えなければならないのか。私たちが彼に祈って、どんな利益があるのか。」と。」(14、15節)
ヨブの悩みは、信仰者の悩みでもあります。神を追い出し、神にかかわるのはまっぴらごめんだと思っているような人が、栄えているように見える時、私たちの心は穏やかでなくなります。自分の状況がヨブのように良くないのに、
「全能の神様だって?いったいだれのことだい。だいたい、なぜ神様なっかに従わなきゃならんのかね。たいしたご利益もないのに。」(LB)
と言う人が恵まれた生活をしているのを見る時、誠実に信仰生活を送ることが空しく見えてしまうことがあります。
しかし、ここにヨブ記のテーマがあります。私たちの動機の問題です。私たちはどうして神を信じ、祈るのか。ご利益がなければ、祈らないというレベルの信仰なのか。本物の信仰者とは何か。
※ 明日の第三礼拝(18時から)は、町田でもたれる合同聖会に合流するためお休みです。