マルコ 12:35-44

「イエスは宮で教えていたとき、こう言われた。「どうして律法学者たちは、キリストをダビデの子だと言うのですか。」(12:35)

「キリスト」はギリシア語で「油注がれた者」という意味です。

当時のユダヤ人にとっての「油注がれた者」とは、ダビデの血筋である正統な王のことでした。

いにしえのダビデ王のように、イスラエル軍を軍事的勝利へと導く、救世主(メシア)のことでした。

当時の教師たちは、神が「悪しき」ローマ帝国から、彼らを救い出すために、ダビデの子、「メシア」を遣わされると教えていました。

しかし、イエス様は、メシアは単なるダビデの子ではなく、ダビデの主でもあると言いました。

「主」は、聖書では「生ける神ご自身」を指す言葉です。

神がお立てになるメシアは「生ける神ご自身」であると。

イエス様はこのことを神殿で話されました。

エルサレム神殿を超える、天の支配が、この地にもたらされていることを証したのです。

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