詩篇 51篇

「あなたの救いの喜びを、私に返し、喜んで仕える霊が、私をささえますように。」(12節)

「喜び」はクリスチャン生活のしるしの一つです。「ハッピー」とは違います。「ハッピー」は、自分が直面する状況に左右されます。しかし「喜び」は、神との関係がもたらせるものです。状況に左右されることはありません。ダビデが罪を犯した時、彼は救いの喜びを失いました。罪は神との関係を壊すからです。ダビデは神の臨在を感じることができなくなりました。罪は喜びを奪います。しかし、希望はあります。

「もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。」(Ⅰヨハネ1:9)

罪を悔い改め、神に立ち返る時、神は救いの喜びを回復してくださいます。「喜んで仕える霊」とは、自発的に神に仕える思いということです。神は私たちを喜びで満たし、神の働きに自発的に加わって欲しいと願われています。

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