詩篇 106:16-31

「そのときピネハスが立ち仲立ちをしたので主の罰は終わった。」(106:31)

ピネハスの話は民数記25章に出てきます。荒野を旅するイスラエルの民が、不品行の罪に陥った時に、罪を犯したイスラエル人を殺し、主の罰を終わらせた祭司です。「このことは代々にわたり永遠に彼の義と認められた。」(31節)と言います。使徒パウロは、まさに、このピネハスにならってキリスト者を迫害していたと考えられます。しかし、使徒パウロは後に自分の過ちを後悔しています。新約聖書が私たちに教えていることは、旧約聖書を猿真似をするような読み方をしてはいけないということです。ピネハスのように人を殺すことを聖書は肯定しているわけではありません。ピネハスが義と認められたのは、まず、何よりもこの世と調子を合わせずに、立ち上がったことです。破れ口に立って祈ることが義と見なされるのです。

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