ヨナ書 1:1-4:11

「ああ、主よ。私がまだ国にいたときに、このことを申し上げたではありませんか。それで、私は初めタルシシュへのがれようとしたのです。私は、あなたが情け深くあわれみ深い神であり、怒るのにおそく、恵み豊かであり、わざわいを思い直されることを知っていたからです。」(4:2)

ヨナは神が情け深くあわれみ深い神であることに対して怒りました。神がどうしてそんな人を預言者として用いられたのだろうと思ってしまいますが、私たちも似たような所があるのではないでしょうか。自分に対して、神があわれみ深くても当前のように受け入れます。しかし、他人が、特に、北イスラエルを滅ぼすアッシリヤの首都ニネベのように自分がふさわしくないと思う人の上に神のあわれみが注がれると、素直に受け入れられなかったりするのです。しかし、神のあわれみ深さは測り知ることはできません。今日は主の日。共に主に礼拝を捧げましょう!

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