Ⅱ歴代誌 11章

「実は、レビ人は自分たちの放牧地と所有地を捨てて、ユダとエルサレムに来たのである。ヤロブアムとその子らが、主の祭司としての彼らの職を解き、自分のために祭司たちを任命して、彼が造った高き所と雄やぎと子牛に仕えさせたからである。」(14、15節)

ヤロブアムの問題は、神が任命した祭司たち、レビ人たちを軽視したことです。聖なるもの、神のものに関して、人間的な、合理的な発想をすることは危険を伴います。聖なるものは、自分の合理的な判断ではなく、神のみことばに照らして判断する必要があるからです。ヤロブアムは「自分のために祭司たちを任命し」たと言います。彼にとっての神は、自分自身だったのです。このような自分中心の信仰姿勢は、ヤロブアムのようにどんどんとずれていってしまいます。ですから、聖書信仰が重要です。聖書が何と言っているか、聖書を中心とした信仰姿勢が大事です。「聖書は誤りなき神のことばだと信じます。」

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