マタイ 20章

「『なぜ、一日中仕事もしないでここにいるのですか。』彼らは言った。『だれも雇ってくれないからです。』」(6,7節)

「ぶどう園のよい主人」と呼ばれる有名なたとえ話です。ぶどう園の主人がぶどう園で働く人を雇うために朝早くでかけ、当時の平均的日給で契約します。その後、九時、一二時、一五時、一七時と出かけ、一八時までその作業は続けられました。賃金は、どの時間に来た人も同じ額だけ支払われました。それに腹を立てた朝早くから働いた人たちは文句を言います。しかし、契約上、主人は何の不正もしていません。これは神に対して打算的に仕えるべきではないという意味もあると思います。しかしそれ以上に、神の国の観点から考えますと、神に用いられて働けるというのは恵みだと言えます。たとえ、報酬が一緒でも、この世界で何をしているのか分からずに生きていくよりも、神の目的に生きていけるほうが充実した意義深い人生です。

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