「聖霊は、次のことを示しておられます。すなわち、第一の幕屋が存続しているかぎり、聖所への道がまだ明らかにされていないということです。」(9:8)
イエス様が十字架にかかり、死なれた時、
「神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。」(マルコ15:38)
と記録されています。
神殿の幕は、契約の箱が置いてあった第二の幕屋と、祭司たちが務めを果たしていた第一の幕屋(6節)との間を分けていた幕でした。
要するに、イエス様の十字架が「聖所への道」を明らかにしたということです。
大胆に恵みの御座に近づく道が明らかにされたということです。
イエス・キリストの十字架の御業なしに、至聖所への道は開かれることはなかったということです。
私たちは大胆に主のみ前に出て祈ることができるということの素晴らしい特権を当たり前のことのように思うべきではありません。
この素晴らしい特権を感謝して、大胆に恵みの御座に出て祈ろうではないでしょうか。