哀歌 2:1-10

「主は、その祭壇を拒み、聖所を退け、その宮殿の城壁を敵の手に引き渡された。例祭の日のように、彼らは主の宮で声をあげた。」(2:7)

礼拝をないがしろにすることは、神ご自身をないがしろにすることです。

LBではこの箇所をこのように訳しています。

主はご自分の祭壇から顔を背けました。形ばかりの礼拝に失望したからです。主は宮殿を敵の手に渡しました。彼らは、例祭の日にイスラエル人がしたように、神殿で飲み騒ぎました。

イスラエルの民の誤解は、神殿があるから、形式的でも例祭を守っているから大丈夫だと考えていたことです。

神は、罪を悔い改めて、神に立ち返らない民に対して、敵対されると言います。

神はご自分の民に向けて、まるで敵でもあるかのように弓を引きます。」(4節LB)

私たちは健全な畏れをもって主に立ち返る必要があります。

罪を選ぶことは、神に敵対することです。

神に敵対して良いことは何もありません。

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