ヨハネ 4章

「しかし、まことの礼拝者たちが、御霊と真理によって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はそのような人たちを、ご自分を礼拝する者として求めておられるのです。」(4:23)

「御霊と真理によって」という意味は、礼拝には、霊的な側⾯と、御⾔葉にしっかりと根ざした理性的な側⾯の両⽅が必要ということです。

聖霊に導かれるものでなければなりませんが、同時に、御⾔葉にしっかりと根ざしているものでなければなりません。

聖霊を認めない御⾔葉の真理だけの強調は、結局、死んだ伝統を⽣み出します。

逆に、御⾔葉の真理のない聖霊運動は、結局、ぶっ飛んでしまい、何も⽣み出しません。

神が求められているのは、⼼の伴わないみせかけの礼拝ではありません。

神は私たちの⼼の中をご覧になっておられます。

ただ、どんなに誠実であっても、誠実に間違っていることがあります。

⾃分が礼拝したい神に対してではなく、聖書に記されている神に礼拝を捧げることが重要です。

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