詩篇 70篇

「あなたを慕い求める人たちがみなあなたにあって楽しみ喜びますように。あなたの救いを愛する人たちが「神は大いなる方」といつも言いますように。」(70:4)

人が「神を慕い求める」のは、聖霊がその人の内におられる証拠でもあります。

使徒パウロがこのように言っています。

私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして追求しているのです。そして、それを得るようにと、キリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。」(ピリピ3:12)

パウロがここで大事にしているのは追求心で、キリスト者は、常に神を慕い求めるという飢え渇きがある者ということです。

神を慕い求めていく中で、主にある楽しみ、喜びを、体験して欲しいというのが、ダビデだけではなく、神ご自身が願っていることです。

神を慕い求める人は、神の偉大さを体験します。

神がどれほど大いなるお方かを体験します。

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