ルカ 17章

「イエスの足もとにひれ伏して感謝した。彼はサマリア人であった。」(17:16)

「サマリア人であった」と言う意味は、ユダヤ人たちがその信仰に問題があると見下していた人だったと言うことです。

神の民であるはずのユダヤ人たちは神に感謝することさえしていなかったと言う皮肉です。

キリスト者もユダヤ人たちと同じように、神の恵みを当たり前のように享受して、感謝することを忘れているということはないでしょうか。

祈りが答えられても、自分が頑張ったから、ラッキーだったからという言葉で本当は神がしてくださっていることを無視してはいないでしょうか。

私たちが今日生かされているのは、偶然でも、ラッキーでもありません。

神が生かして下さっているから今日という日があります。

神に感謝を捧げましょう。

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