出エジプト 39:1-40:38

「モーセは会見の天幕にはいることができなかった。雲がその上にとどまり、主の栄光が幕屋に満ちていたからである。」(40:35)

神の臨在、神の栄光を現わす「シェキナ」が、ここで「とどまり」と訳された単語です。イスラエルの民の中心には、神の臨在がありました。それが、イスラエルの民を特別なものとしました。今、キリスト教会の中心には、同じように「神の臨在」、聖霊がおられます。聖霊こそ、キリスト教会を特別なものとしているものです。ですからパウロは言いました。

「教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方が満ちておられるところです。」(エペソ1:23聖書協会共同訳)

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