ルカ24:1-35

「そこでふたりは話し合った。「道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか。」」(24:32)

燃えるような心は、イエス・キリストとの人格的な関係の中で生まれてくるものです。イエス様に対する情熱を失っていると感じている時というのは、たいてい、イエス様との人格的な交わりの時間を失っている時でもあります。私たちはただ消費するためにこの世に生きているわけではありません。神は私たち一人一人を目的をもって造られました。しかし、神の使命に生きていくためには、神からの燃えるような思い、情熱(パッション)が必要です。それは、日々の神との関係から生まれてくるものです。神のみことばである聖書を読んでいる時に、聖霊なる神は語られ、私たちの心はうちに燃えるのです。
「主よ、私たちの心をもう一度燃え上がらせてください。あなたの情熱で私を燃やしてください。」

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