イザヤ 5章

「まことに、万軍の主のぶどう畑はイスラエルの家。ユダの人は、主が喜んで植えつけたもの。主は公正を待ち望まれたのに、見よ、流血。正義を待ち望まれたのに、見よ、泣き叫び」(7節)

この章は、ぶどうとぶどう畑という比喩を用いて、イスラエルの人々の間違った歩みに対し厳しい言葉で神が語っている内容となっています。
12節には、

「彼らの酒宴には、立琴と十弦の琴、タンバリンと笛とぶどう酒がある。彼らは、主のみわざを見向きもせず、御手のなされたことを見もしない。」

とあります。本来なら神を賛美するために用いるはずの楽器を、自分たちの楽しみに用いているところに、彼らの荒廃ぶりを見ることができます。しかし、これは私たちにとっても学ぶべき内容ではないでしょうか。自分の楽しみを持つこと自体が悪いということではありません。しかし、何のための賜物かを間違えないように気をつけたいものです。

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