ローマ 14章

「あなたはいったいだれなので、他人のしもべをさばくのですか。しもべが立つのも倒れるのも、その主人の心次第です。このしもべは立つのです。なぜなら、主には、彼を立たせることができるからです。」(14節)

私たちは皆、個人的な確信やこだわりがあります。こうすべきだとか、ああすべきでないというものがあります。たとえば、ある人は菜食主義で、ある人は何でも食べます。個人的な確信やこだわりが問題なのではなく、それを他者にも押し付け、裁きあうならば問題となります。聖書は「この人は、ああすべきだ。」「この人はこうすべきではない。」と互いに裁き合ってはいけないと言います。なぜならば、私たちの主人は生ける神、キリストであり、裁く権利は私たちではなく、キリストにあるからです。「さばいていいのは魚だけ」と言われます。ビリー・グラハム先生はこう言います。

「罪を示すのは聖霊の仕事。裁くのは神の仕事。私の仕事は愛すること。」

今日は主の日。主に礼拝を捧げましょう。

※ 本日のSSCの第二礼拝はギデオン・サンデー。ギデオン聖書協会の方が来られます。

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