出エジプト 34章

「それから、モーセはシナイ山から降りて来た。モーセが山を降りて来たとき、その手に二枚のあかしの石の板を持っていた。彼は、主と話したので自分の顔のはだが光を放ったのを知らなかった。」(29節)

私たちはモーセがそうであったように、主との関係の中で輝くことができます。使徒パウロはこう解説しています。

「しかし、人が主に向くなら、そのおおいは取り除かれるのです。主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由があります。私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。」(Ⅱコリント三・一六‐一八)

イエス様は私たちに「あなたがたは、世界の光です。」(マタイ五・一四)

と言われました。

もっとも私たちがこの世界で輝くためには、主に向き、主との時間をとる必要があります。主の栄光を反映するからです。

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