マラキ書 1章

「「子は父を敬い、しもべはその主人を敬う。もし、わたしが父であるなら、どこに、わたしへの尊敬があるのか。もし、わたしが主人であるなら、どこに、わたしへの恐れがあるのか。―万軍の主は、あなたがたに仰せられる。―わたしの名をさげすむ祭司たち。あなたがたは言う。『どのようにして、私たちがあなたの名をさげすみましたか。』と。」(6節)

イスラエルの人々は、神を敬う気持ちを失っていました。LBで、7節の後半をこう訳しています。

「いつも、おまえたちは言っている。『わざわざ高価なものを神様にささげる必要はない。』」

神に対して、私たちもそんな態度を取っていないでしょうか?自分が必要のないもの、また自分の残り物を、神に捧げようとしていないでしょうか?神は言います。

「おまえたちは、『神様は私たちをあわれんでくださる。神様は恵み深い』と口ぐせのように言う。だが、そんな贈り物を持って来るおまえたちに、どうして好意を示せよう。」(1:9LB)

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