イザヤ 1章

「善をなすことを習い、公正を求め、しいたげる者を正し、みなしごのために正しいさばきをなし、やもめのために弁護せよ。」(17節)

社会正義は、神の国の現われであり、聖書が私たちに求めていることの一つです。自分は悪を行いながら、自分の思い通りに神様が動いてくれないという傲慢な姿勢は、聖書が厳しく非難しています。神様は私たちを愛してくださる恵み深いお方ですが、同時に、全世界を正義をもって治められる義なる神です。また、社会的弱者に対してあわれみの心をもつことも大切に語っています。もちろん、短絡的に何でも援助すればいいということではないことは、社会学的にも認知されていますが、慈しみの心をもち、できることを心がけていくことは、神の国に生きることであり、神様が私たちに求められていることでもあります。
「主よ、どうぞ私たちにあわれみの心、知恵と力をお与えください。」

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