いよいよ、きょう!

きょうはペンテコステ。

歴史的な教会の誕生日に開拓40周年献堂20周年を迎えることができることは神様の不思議な導きであると思います。

ほぼ開拓に近い状態で、しかも結婚直後に主任牧師家族が帰国してしまうという状況は22歳の私にとって正直まったく予想もしていなかったことでした。

すでに教会運営の基盤ができていた母教会では経験したことがないことばかり。

ですから最初からわたし自身が小山牧師に協力的だったかと言えば決してそうではありませんでした。

今考えるとまるでヨブの妻のようなセリフを吐いたこともあります。

でもどんなときでも誠実に主と人々に仕える夫を傍らで見続ける中で、私の心も次第に変えられていきました。

だからこの教会に小山牧師が立てられていることを心から感謝します。

妻としては『今日までお疲れさまでした』と言ってあげたいです。

地上での働きがあとどれくらい私たちに任されているかは分かりませんが、皆さまと共にキリストの体をこれからも建てあげていきたいと願います。

きょうまでありがとうございました。

これからもどうぞよろしくお願いします。

(小山晶子牧師夫人)

いよいよ来週の日曜日に!

神様の不思議な導きと恵みの中でこの教会に導かれ、与えられたすべての出会いに心から感謝します。

イエス様の十字架の御業と復活の希望はいつも私たちの目を永遠の希望へと向けさせてくれます。

全ての生き物の中で死ぬことへの恐れを抱くのは人間だけ。

将来への不安を感じるのも人間だけ。

なにかを拝もうとするのも人間だけ。

死後どうなるのかと悩むのも人間だけ。

人間は特別に神様が創られ、命の息を吹き込まれた存在であり、神様を礼拝し神様との関係の中でのみ本当の安らぎや平安を体験できるのだと思います。

 だからこそ、和解の使者となってくださったイエス様が私たちの唯一の救いであるということをこれからも、この教会が存在する限り語り続けていきたいと思います。

『エベン・エゼル』主への感謝の記念碑がこれからも増え続けていきますように。

来週は奇跡の場所であるこの礼拝堂で、沢山の方々と共に主への感謝をささげる時を持つことができますように。

ただ、駐車場に限りがありますので近隣のコーンパーキングのご利用をお願いする場合があるかもしれません。

どうぞご了承ください。

(小山晶子牧師夫人)

6月5日は記念礼拝です!

いよいよ来月、6月最初の日曜日(6月5日)は開拓40周年献堂20周年を記念しての特別な礼拝です。

いつもより30分早い10時から、第一第二合同で行いますのでお間違えの無いようにお願いします。

これまでの神様の守りと導きに感謝をささげ、これからの教会の歩みがさらに主によって広げられていくことを願い、心を合わせて祈る時としたいと思います。

記念CDも完成を待つばかりとなりました。

『エベン・エゼル』というタイトルに相応しい記念碑となるに違いありません。

記念DVD の制作も着々と進んでいます。

私たちの人生に様々なことがあったように、栄シャローム福音教会にも喜び、感謝、痛み、涙があります。

しかしそれらすべてを超えて今ここに教会が存在していること自体が、ただただ神様の恵みの奇跡だと思うのです。

ですから神様へのたくさんの感謝を携えて集いたいと思います。

『主がここまでわたしたちを助けてくださった』ことを人生を振り返りながら思い起こし、次の『エベン・エゼル』にむけて前進していきましょう。

これまでかかわってくださった全ての方々に心から感謝しつつ。

(小山晶子牧師夫人)

免許更新

5年ぶりに運転免許証の更新案内が来ました、というかおよそひと月前にはもう来ていました。

先週ようやく栄警察署に行き、更新の手続きをしました。

明日は行こう、明日は行こうと思いながらもなんだかんだと理由をつけては先延ばしにしていましたが、いいかげんやらねば、とようやく重い腰を上げての手続きです。

以前は用意されたビデオをただ漫然と30分ほど見るだけだったのに、今回は講習ビデオ15分、直の説明が15分となっていました。

最近問題になっているあおり運転やスマホの普及によるながら運転に関しては特に熱心に話され、あらためて運転免許証を保持していることの重みを感じています。

ところで、クリスチャンには免許証のようなものは存在しませんが生き方の教本は存在しています。

それが聖書です。

聖書を読まなければクリスチャンとしての生き方を学ぶことはできません。

その一丁目一番地は「心を尽くし思いを尽くし、力を尽くし、知力を尽くしてあなたの神である主を愛せよ。」

そして「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」です。

毎日聖書を読むことは基本中の基本です。

(小山晶子牧師夫人)

小坂忠さん②

二週にわたって忠さんのことを書くことをどうぞお許しください。

昨日、所沢の音楽ホールで行われた忠さんの告別式に参列してきました。

800人収容のホールは30分前にはすでに満席となり入場できない方々がロビーにあふれるほどでした。

2時間の告別式の最後に高先生が登壇し挨拶をされました。

その中で、亡くなる直前目を大きく見開いた忠先生が高先生に「愛してるよ」とおっしゃったので手を握り「愛してる」と伝えた、という話をして下さいました。

私の涙腺はこの時完全に崩壊しました。

私たちの人生には終わりがあります。

必ず、死ぬのです。

誰一人逃れることはできません。

『死』を真剣に考えるならば『生』も真剣に考えるようになると思います。

全身がんの宣告から5年、忠先生はいのちの期限を意識しながら自分を捧げて走り切ったのだと思います。

私たちはどうでしょうか。自分のいのちがあと半年だと言われても今の生き方を続けますか。

「あなたは勇敢に戦わず、走るべき道のりを結局走らず、なんでもほどほどで犠牲を払わない信仰生活を送りましたね」、、、そんな結末、私は嫌です、、、

(小山晶子牧師夫人)

小坂忠さん

あえて「忠さん」と言わせてください。

わたしが幼いころ、礼拝賛美は聖歌と讃美歌のみ。

奏楽は足踏みオルガンでした。

ところが小学校に上がるころになるとギターやピアノ、ベース、ドラムといった様々な楽器がもちいられるようになり、ものすごい勢いで刷新されていったのです。

その中心となったのが忠さんでした。

一般の音楽シーンからクリスチャン音楽の世界に来て、様々な激しい抵抗に苦労しながらも実践的な訓練や新しい賛美を取り入れることを通して「最高の賛美を主に捧げる」ことを教えてくださいました。

いま賛美奉仕に携わっている人の中で忠さん(ミクタム)の影響を受けていない人はいないのではないかと思います。

ユーミンや松本隆など超有名な方々との交流がある実力者でありながら、気さくで、お茶目で、やさしくて、あったかい忠さん。

何よりもイエス様を愛し、犠牲をいとわず全てを捧げつくして天に凱旋していった忠さん。

悲しいです。

つらいです。

でも「なぜ?」とは思いません。

勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終えた忠さんがイエス様とお会いして、満面の笑みを浮かべている姿がみえるから。 

(小山晶子牧師夫人)

初・水戸

人生で初めて、水戸に行ってきました。

献堂二十年、開拓四十年記念DVDに収録するお祝いコメントを中村悦子牧師からいただくためです。

お会いしたことがない方も多いかと思いますが、この教会の出身牧師であり開拓時代を知る貴重な証言者でもあります。

中村先生はモラー宣教期の時代に受洗し、その後献身し、現在日本バプテスト同盟・水戸恵泉キリスト教会の牧師として励んでおられます。

わたしが奉仕神学生のころは公務員として仕事をしておられ、バリバリのキャリア・ウーマンという印象でちょっと怖かった(すみません)ですが、今回久しぶりにゆっくりと語らう中で献身に至った経緯や中村文彦兄(1999年召天)闘病中の聖霊様の油注ぎ体験などいままで聞いたことがなかった沢山のお証をうかがい、当時の記憶などと相まって非常に励まされる、内から喜びが溢れてくる、神様の愛を体験する素晴らしい時間となりました。

一応3分でお祝いコメントをということでしたが結局20分ほどお話しくださり、どこをカットするか悩ましいところです。

涙と共に種を蒔いてくださった全ての方々に感謝します!

(小山晶子牧師夫人)

テレホンカード

久しぶりに開けた引き出しの中からテレホンカードが出てきました。

携帯電話の普及ですっかり使わなくなっていましたからちょっぴりなつかしい気持ちになりました。

そういえば以前は好きなアイドルや動物の写真が印刷されたテレカを集めている人がいたり、もっと前だと切手収集やウルトラマン消しゴムの収集、牛乳瓶の蓋収集などなど、かなり多くの人が何かしら「集める」ということをしていたのではないかと思います。

なぜ人は「集める」ことが好きなのでしょう?

人によってもちろん理由は様々だと思いますが自分自身を振り返ってみるとわたしは「聖書時代の考古学に関係するものを集める」ことが大好きです。

それは書籍、写真、ランプなどの「物」などあらゆるジャンルに及びます。

聖書の世界に近づけるツールを見つけるとわくわくします!

もしも世界中にあるものの中でどれでも一つ、コレクションとして持ち帰ってもいいと言われたら、、、

私は迷わず大英博物館にあるラキシュ攻略の壁画を選びます。

ああ、もういちど、みにいきたいなあ。

イースターおめでとうございます。

(小山晶子牧師夫人)

お好み焼き

次男が大学の寮に入り、我が家は人間三人と猫二匹+亀一匹の生活がスタートしました。4月1日にあわただしく準備をして入寮し、ようやくほっと一息、、、ともいかず、なにかと忙しい毎日ではありますが、偏食だった次男がいないことで食事作りは少し楽になった部分もあります。特にお好み焼きができるようになって(ありがたいことに英児先生は週一でお好み焼きが食べたいと言ってくれるので)助かります。私が作るお好み焼きはたくさんのキャベツが入っているのですが、いまは春キャベツのシーズンで特に美味しくできるような気がします。種まくものに種を与え、地に実りを与え、私たちに食べるもの、飲むものを豊かに備えてくださる神様の恵みを、春はたくさん感じることができるのでウキウキします。新ニンジン、新ジャガイモ、新玉ねぎ、真っ赤ないちご。品種改良をすることはできても、人は無から有を作り出すことはできません。それができるのは創造主である神様だけです。主の偉大さを今週も体感することができますように!!今週は受難週です。 (小山晶子牧師夫人)

エニシダ

エニシダと言えば旧約聖書に出てくる植物で、鬱っぽくなったエリヤが神様に対し、この木の下で

主よ。もう充分です。私のいのちを取ってください。(第一列王記19:4)」

と祈っている場面は有名だと思います。

人生で一度や二度、死にたくなったことのある人は多いと思いますが、預言者エリヤでさえそんな風に落ち込んだことがある姿に親しみを感じます。

しかもカルメル山での大勝利の後。

おなかがすくと否定的になる、ということもエリヤの姿から学ぶことができますが、そんなエニシダの木をサンドラッグで見つけたので購入し、植えてみました。

まったく同じ木ではないと思いますが、イメージだけでもつかんでいただければと願います。

黄色い花がたくさんついていて良い香りがします。

エリヤのように木の陰に座る大きさになるにはまだまだ時間がかかると思いますが、すこしでも聖書の記述が身近になればと思います。

その隣にはアーモンド(あめんどう)の木も植わっていますので合わせてぜひ楽しんでくださいね。

(小山晶子牧師夫人)